#描くようになったきっかけ
というコンテストがあったのを後から知った(俺がまだこのサイトを立ち上げる前)ので、折角だからいい機会と思ってつらつら書いてみようと思う。
きっかけというのはよくわからないけど、物心覚える前から絵を描いていたのはぼんやりと記憶している。
ちなみに、俺には三つ上の姉がいるのだが、姉も元々絵を描いていた。
やることがなく、今の世の子供のようにスマホだテレビゲームだなんだという遊びがなかったため、暇になれば絵をノートに描いたり、着せ替え人形を自作で作って遊んでいたりした。
割とそういう遊びを自分で作る、見出すのが得意だったと思う。
小学校位になってもそれは続いていたが、やがて姉と俺の絵を比較する親の目が怖く、人前に絵を出すのを嫌うようになった。
姉は模写がうまく、アニメキャラをうまく模写して絵を描くのが得意であり、俺は全くそういうのはダメで、個性的な絵を描いていた。
やはり模写は見栄えもいいしアニメキャラとそっくりに描けていた姉の絵は俺からしても上手く、親の目が姉に向くのは仕方ないとしても、「お前は姉と比べると下手くそだね」「ちっとも上手くないね」と親から言われ続けるのは今思えばいかがなものと思うが。
だから今でも人前に(Twitterとかでも)絵を載せるのが怖いんだろうな。
やがて姉が高校生になり、同人活動を始める事になった。同人の世界は中学生の俺にはとても華々しく、自分の居場所はここだ! と思った。
先に言った通り、姉は模写がうまかったため、同人誌を出すと飛ぶように売れた。サークルの売り子を手伝ったこともある。
自分がサークルを出す前に、自分で作った本も姉のスペースにお願いして出してみたが、ちっとも売れなかった(笑)
その時姉に「こんな下手な絵の本を(自分のサークルスペースに)おかないでほしい」と言われ、じゃあ自分でサークルを立ち上げるしかないという考えに至ったのは、自分が高校三年生になる春。1996年だった。
サークル「すらっぷすてぃっく百貨店」はこうして活動を開始した。1996年3月末の地元同人イベントが初参加だった。
それから今に至るまで、ほぼ同人活動を止めず活動している。
色々あったが、一番自分が驚いたのは、模写がうまいと言われていた姉がさっさと同人を辞め、絵を描くこともやめてしまった事だろう。
姉は後にこういっていた。
「私は模写がうまかったしそれが自信でもあったけど、数々の二次創作を模写していくことで、自分の絵が分からなくなった」と。
かくいう自分も模写をした事も何度もある。
でも模写はデッサン同様、練習や画力を上げる為だけにやってきた。自分の絵を失う事はなかった。
それが続けることの差につながったのかな、と思い至ったのは、数年前。
姉と一緒に遊びに行ったとき、そう彼女の口から告げられた時だった。
今でも絵を描くのは楽しいです。
人に楽しさや喜びを与えていけたらな、と思って活動を続けていきます。