アメリカの隠れたインフルエンサー大国〜ユタ州ソルトレイクシティ〜
シリコンバレーや、ポートランド、シアトルなどの西海岸部都市の隠れたビジネス事情を紹介してきていますが、今回は少し海岸から離れて、ロッキー山脈が連なるエリア「Mountain States」の一つであるユタ州のソルトレイクシティにフォーカスしたいと思います。
ユタ州と言えば、冬季オリンピックや国立公園、またモルモン教徒が多いことから、安全でフレンドリーなイメージをお持ちの日本人も沢山いらっしゃると思います。ユタ州ソルトレイクシティは、ロサンゼルスやニューヨークとは比較すると小さな都市ですが、静かで控えめなイメージからは想像できないほど大きい「キープアップカルチャー」が存在するのです。今回は、そんな新興テック産業と人口構成がもたらした、ユタ州ソルトレイクシティの「裏の顔」を紹介したいと思います。
ユタ州の3大ビジネス
米国テック都市にアンテナを張っている方は既にご存知かもしれませんが、ユタ州には「シリコン・スロープ」が存在します。ブリガムヤング大学(BYU)とユタ大学からの安定した技術者の供給に恵まれ、2000年代にはアドビやeBayなどの大手企業が大規模なオペレーション・オフィスを設立。2010年代には、スタートアップベンチャーとベンチャーキャピタルの投資が急増したことから、テック業界の誰もが知るQualtrics、Pluralsight、Domo、Podiumなどが誕生しました。2020年代に入っても成長は続いており、毎年開催されるSilicon Slopes Summit では、YahooのCEOであるJim Lanzone氏がキーノートスピーカーとして今年参加をしています。
このような特徴を持つユタ州ですが、3大ビジネスと言われている「テック」と「アントレプレナーシップ」、「インフルエンシング」は、偶然の産物ではなく、実は州の文化に基づいて確立しているのです。今回は深入りしないトピックとなる「アントレプレナーシップ」の代表的な企業には、北米最大手のスマートホームプロバイダーVivintがあります。Vivintは、多言語を話す優秀な働き手を輩出するブリガムヤング大学(BYU)のキャンパス近くに本社を構えており、2022年には17億ドルの売上を出しています。この企業では、ユタ州が出生率が全米で一位であることを生かし、若い頃から大家族を支えなければならないモチベーションの高い18~19才をターゲットにし、立派なセールスマンを自社カスタマイズで育てていきます。このように若い頃から「物を売る」スキルを身につけた人材が、ローカルのスタートアップ・エコシステムを作り上げているのです。
キープアップカルチャーとは?
エンジニアリングとコンピューターサイエンス系の労働人口が191億ドルを生み出し、州の経済の約15%を占めているユタ州では、宗教文化の影響により若くして家族を持っている人口が活躍するテクノロジー産業やスタートアップ文化が大きいからこそ生まれたインフルエンサー産業も存在します。
産業が大きくなるための要因には、「需要の拡大」と「生産効率の向上」が必要と言われていますが、ユタ州において特にライフスタイル・インフルエンサー領域が大きく成長するにあたって、上記の二つの要因は簡単にクリアできるものでした。
一つ目の「需要の拡大」については、人口の66%をモルモン教徒が占めるユタ州では、コミュニティー意識が強いため、カスタマーネットワークが作りやすいと同時に、コミュニティーと同化したい「キープアップカルチャー」を持つローカルの特性により、難なく乗り越えることができました。ユタ州が「世界のMLMキャピタル」と呼ばれているのも偶然ではなく、同じような服装・髪型・自宅内のデコレーションをしなければならないという暗黙のプレッシャーによって、今ではエッセンシャルオイル最大手のドテラを始めとした約70のマルチビジネス会社(約27億ドルの売上)が存在すると言われています。
二つ目の「生産効率の向上」は、上記のテック産業と少し関連してきます。アメリカで人気なリアリティー番組「The Real Wives of Salt Lake City」を見ると分かるように、ユタ州にはテック企業に勤める若い男性と20代前半に結婚し、若くして子持ち専業主婦となる人口の割合が他州と比べて多くいます。そのため、フレキシブルに自宅から働くことのできる機会への需要が非常に高くなり、結果的にライフスタイル・美容系SNSコンテンツや美容系サービスの生産コストが格段に下がるのです。
特にTikTokやYoutubeのShortsが人気になってからは、テック企業がユタ州に流れ始めた2000年代始めにmommy bloggerとなった若い女性が、インフルエンサー界でも重宝されるようになってきました。6人の子育てをコンテンツにしたことで有名となったTaylor Frankie Paulや、ライフスタイルコンテンツを双子で作っているBrooklyn and Bailey、ワークアウト動画を配信するMeg Milesなど、手に届きそうなライフスタイルを売りにするインフルエンサーが、その欲望をステロイド100倍にさせるコンテンツを日々量産しているのです。
ユタ州はパイロット・テストを行うのに最適
テック系など州メインの産業の二次効果として生まれる産業もあるということが分かったところで、では企業はどのようにしてこれをレバレッジできるのかという問題が出てきます。ロサンゼルスやニューヨーク、マイアミと比べ、ユタ州ソルトレイクは小さな都市です。しかし、今では誰もが知るアウトドア系アパレルのCotopaxiのように、カルチャーに強い若いプロフェッショナルを沢山安く雇い、ポップアップショップやSNSに力を入れることで、CEO1人から従業員114人で一億ドルの売上を出す会社までに成長させることのできた企業が多く存在します。
反対に言うと、ライフスタイル系商品を売る企業立ち上げに優しいユタ州で成功しなければ、米国で成功することは難しいと言っても過言ではありません。ユタ州の女性技術評議会の共同創設者兼会長であるCydni Tetro氏は、「業界を築いたり、特定の種類の仕事をしているとき、周りに自分のビジネスを構築するための洞察、ツール、技術を提供してくれる人々を集めたいという願望を起業家は持ちます。ユタ州には、影響力のある人々、テック企業、コンスーマー企業が高い濃度で存在しています。」と話しているように、米国進出をするにあたり、ユタ州をパイロット・テストとして使用するのも良いかもしれません。またライフスタイル系商品と関係のない企業にとっては、他州のメインの産業の二次効果として生まれる産業に注目して進出先を決めるのも、今後の良い物差しになるのではないでしょうか。
著者名:ホールドストック絵里花
役職:ビジネスコンサルタント
所属組織:スカイライト・アメリカ(Skylight America Inc.)
略歴:米国で修士を取得後、現地日系企業とAWSでの就労を経て、学生時代にリサーチャーとしてインターンを行っていたSkylight Americaに参画。米国企業と日本企業での過去の勤務経験を活かし、バイリンガルなコンサルタントとして活動。