「私は雨合羽」短編
雨合羽(私)は不満だった。
少し寂しかった。
レインコートって呼んで欲しかった。
レインポンチョでもいい。
でも、この家のお母さんは、私のことを雨合羽と呼ぶ。
「雨合羽、持った? 今日は雨になるから気をつけてね!」
お母さんは、大学生の息子に言う。
わたしは無造作に鞄に詰め込まれ外に連れていかれる。
そのまま鞄から出ない日も多い。
たまに出れても、巾着に入れられて自転車の籠に置き去りにされている。
雨がザアザア降る日だけ、私は良かったと思う。
やっと役立つ時が来たから。
私、雨をはじいて、息子さんが雨に当たらないように精一杯の仕事をする。
びしょ濡れになるほど役に立てていると思えば、嬉しい。
家に着くと、私は脱ぎ捨てられる。
ねえねえ、気付いてほしい。
こんなに頑張ったんだよ!
そう伝えたいけど、
「雨合羽、暑くるしい」と言われて脱ぎ捨てられる。
わたしの身体からは受け止めた雨が玄関の床を濡らしていく。
お母さんがタオルで拭いてくれるのが少し嬉しい。
タオルドライの後、ハンガーに掛けられて玄関の隅で夜を過ごす。
次の朝には、クルクルと丸められて詰めこまれる。
「今日は晴れだね」という声が聞こえる。
わたしは晴れた空を見たいと思う。
青空ってどんなものなんだろう。
青い空には白い雲がぽっかり浮いているらしい。
私の出番は、雨の日だから、私は空を見ることが出来ない。
晴れた日、太陽がが沈むとき、空は赤くなるらしい。
太陽って、眩しいらしい。
隣で休んでいる傘さんが教えてくれた。
傘さんは、日傘としての役目もあるそうで、雨も晴れも青空も知っていると少し自慢げに言っていた。
「午後から雨らしいから雨合羽を持っ行ってね!」
お母さんの声が聞こえた。
わたしは、仕事が出来る嬉しさと、何も変わらない虚しさが行ったり来たりする。
いつものように鞄に詰め込まれ自転車に乗る。
その日は、何かが違っていた。
天気予報通り、午後から雨になった。
息子さんが自転車に乗るときには、大雨になり、私は息子さんの身体をしっかり包んで雨から精一杯守った。
20分くらい走った辺りだったろうか。
小降りになってきた。
私は脱がれるだろうと思っていたが、息子さんはそのまま私を着てくれていた。
自転車の籠には荷物がいっぱいだったし、鞄の中にびしょ濡れの私を入れる事が出来なかったのかもしれない。
空がどんどん晴れてきて、風が私を乾かしていく。
とても心地が良い。
こんな風に外を走るなんて初めてだよ。
見上げれば、黒い雲は遠くに流れ、空が・・青空が見える。
生まれて初めて見る青空。
こんなに青いんだね。
美しいな。
素晴らしいな・・。
息子さんが自転車を止めた。
あ・・
空に、七色の橋が架かって輝いている。
道行く人たちも、立ち止まって見ている。
「虹だ・・・」
息子さんが呟いた。
雨合羽の下に着ている服のポケットからスマホを取り出して写真を撮りだした。
これが虹、虹なのね!
なんて、なんて美しいんだろう。
わたしは、息子さんと一緒に虹を見た。
生まれて初めて、青空と、太陽と、虹を見た!
幸せな午後だった。
今夜は玄関の隅で手足を広げてハンガーに支えてもらいながら、何度も何度も思い出すだろう。
目に、こころに、焼き付けておきたい。
息子さんは、虹に向かって自転車を漕ぎ出した。
わたしも、一緒に風と共に進む。
虹よ、空よ!
ありがとう。
きっと、またいつか出会える時が来ますように。
わたしは、空にそっと約束をした。
太陽がにっこり微笑んでいた。
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