『シロアリ』
「社長がとにかく嫌な奴だったんで」A君はしかめっ面を大袈裟に作った。
シロアリ駆除の会社で飛び込みの営業をやっていたが、ノルマが相当にきつくて、入った社員も半年もつ者の方が少なかった。
「契約を取れなかった人間は朝礼でネチネチとイビられるんですよ、給料泥棒だとか人間の屑だとか…ホント、お前が駆除されろって毎日思ってました」
仕事も極めてブラックだった。老人を騙して高額な床下換気扇を取り付けたり調湿剤を敷いたり。通常20万もしないところを70万から100万は取る。とにかく毟り取れる家からは、徹底的に取れというのが社長の決まり文句。
2カ月たってA君は辞めることを決意。ただ辞めるんではツマラナイので、前から目を付けていた「ある家」に営業を掛けることにした。
それは周りが畑と空き地ばかりの淋しい土地に建つ、廃墟みたいな平屋。
庭にはゴミ袋とガラクタの山。伸びきった雑草。干しっぱなしで干からびた洗濯物。
佇まいだけでも充分に不気味だったが、薄汚れたブロック塀に付けられた看板が凄かった。
<死霊占い よく当たります>白地に黒い筆文字が、所々掠れていた。
よくそんな家の呼び鈴押せたねとワタシが感心すると「ヤケクソですよ」とA君。
出てきたのは思ったよりは普通の老婆だったという。
A君はマニュアル通り、この築年数の木造住宅だとほぼ100%シロアリ害があることを説明した。床下の診断を念のため行ってみてはと提案した。
「今ならキャンペーンで無料ですから」
陰気な老婆は口数は少なかったが、A君の提案を了承した。
営業所に帰ったA君は、そのことを報告した後に辞表を出した。
この件との関係性は不明だが、社長は辞めた社員から腹を包丁で刺され亡くなったそうだ。
「少しだけ罪悪感を感じるんです。あの老婆の呪いという可能性だってあるわけじゃないですか?」
何でそう思うのかとワタシが聞くと、笑わないで下さいよと前置きしてからA君が言った。
「気のせいか自分のアパート、あれから異常に虫が出るんです。前年比で300%ぐらいに」