『図書館の幽霊 その3』

《16》「うん。その後天下を取った豊臣秀吉が信長の祟りを恐れて自分の周りにあった関西以西の神社をことごとく廃社したって聞いている…。」
「信長の祟り…?」と、瑠珈は繰り返した。
「そう、だから西日本には第六天と名のつく社が一つも残ってないっていう伝説だ。」
「そんな事があったんですね……。」
瑠珈は、先日自分が足を踏み入れた不思議な神社の姿をまざまざと心の中で思い浮かべた。
あの神社がもし本当に第六天神社だとしたら、全国の第六天と名のつく社は何かしら“鵺”や、“瀑”の鱗と関係があるのかもしれない。鵺のネットワークステーション、あるいはプラットホームの役割を持っていたのだろう。元々鵺の数はとても多いとウルカも言っていた。その社のうち、西日本のものを秀吉がすべて破壊してしまった。
そのおかげである時代より先の、鵺にとっての目印が減り、“無為”や、他の時を渡る生き物たちにも大きな影響を与えたのではないのか…。

《17》ここで一つの歴史の流れに、大きな区切りが着いてしまった…。これより先の時代にはあまり“時渡り”をしてはならないと、一種のストッパーが働いたような…。
…と、ここまで思って瑠珈はある事に気がついた。
「ねぇ、竹田さん、信長さんを殺したのは明智光秀さんですよね。」
「そうだよ。」
「じゃあ、秀吉さんは信長さんの仇を討ったわけですよね?本来ならよくぞ仇を討ってくれたと信長さんに、褒められたっておかしくないんじゃないですか?信長さんに感謝される気がするのだけど…」
「まぁ、そうだよね。」
「だったら秀吉さんは信長さんの祟りを恐れて神社を廃社する理由はなかったんじゃないかしら?逆に自分のあるじが信奉していた神社を秀吉さんも信奉するのが普通のような気もしますが…。」

《18》それを聞いて竹田もちょっと首をひねった。
「確かにそうなんだけれど、そこが戦国武将の、あるじに仕える侍の複雑な心境なんだろうな。
あの時代の男たちの本当の気持ちは分からないけれど…、顔や態度ではお屋形様命ッ!って感じでも、心のうちでは恨んでいたり、妬んでいたり、いつかは自分こそは!と天下を狙っていたのかもしれない。
秀吉ははっきりと信長に自分の後継者だと指名されていたわけではないし、天下を取ってくれって頼まれてもいない。」
「そうなんですね……。」と、瑠珈は以前ウルカに信長の事を聞いた時、彼が珍しく顔色を曇らせていた事を思い出した。
「だいたい信長は自分が第六天魔王の生まれ変わりだ〜っ!って言ってるニンゲンだぜ。当時の事だから、本気で信長が化けて出るって考えられていたんじゃないのかな…?」
「化けて出る?!」

《19》信長はまだまだ生きたかったのに殺された。無念の死を遂げた信長のポストにちゃっかり秀吉が座っている。怨まれるかもしれないって秀吉がビクビクしていたのも当然じゃないか。」
そう言って、竹田はちょっと身震いして、自分の首から下げているお守りを襟から出して握りしめた。
「だけど……。」と竹田は言葉を続けた。
「祟りを恐れるなら、わざわざ祟りを増幅させるような廃社なんか、しないかもしれない……。」
竹田は何か重大な事に気がついたように、少し目を輝かせた。
「もし本当に信長の祟りを恐れているなら、きちんとお祀りして、信長の怒りを鎮めようとするな…。京の都は元々道真や将門の事で懲りているし。廃社には、別の理由があったのかも…。」
「別の理由……。」
「…それが何かは、分からないけれどね…。」

《20》「それは…」と言いかけて、瑠珈は口を閉ざした。
それはきっと死んだ信長さんが蘇らないように…だ。と瑠珈は思った。当時の誰かが神社の中にある“瀑”の鱗の欠片の存在を知ったんだ。鱗は鵺たちの通信や時渡りの目印になるだけでなく、病気を治したり、怪我を治したりする力がある。ウルカが以前少しだけ話を聞かせてくれた、死んだ自分は、イヌイが“瀑”の鱗を使って生き返ったのだと……。
“瀑”の鱗には死者をも甦らせる力があるのだ。

《19》「それは…」と言いかけて、瑠珈は口を閉ざした。
それはきっと死んだ信長さんが蘇らないように……だと瑠珈は思った。
当時の誰かが神社の中にある瀑の鱗の欠片の存在を知ったんだ。鱗は鵺たちの通信や時渡りの目印になるだけでなく、病気を治したり、怪我を治したりする力がある。ウルカが以前少しだけ話を聞かせてくれた。死んだ自分は、イヌイが瀑の鱗を使って生き返えらせたのだと……。
“瀑”の鱗には死者をも甦らせる力があるのだ。
信長が生きていた時代に、第六天神社が西日本周辺にどれだけあったか分からないが、誰かがその事に気がついて、手を打ったに違いない。第六天魔王の生まれ変わりだと言って神社を実質管理し手中にしていた信長さん自身も、あるいはその秘密を知っていたのかもしれなかった。

《20》「望月さん…?大丈夫?」
ちょっと心配そうに竹田が瑠珈の顔を覗き込んでいた。瑠珈は少し驚いて、ぎこちない笑顔を作った。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしちゃって…。あはは!やっぱ伝奇SFラノベの読みすぎですかね…、あは…!」
そう笑いながら竹田を見ると、彼はいつになく真剣な表情をしていた。
「望月さんも知っているかもしれないけれど…、本能寺の変では、信長の亡骸(なきがら)は見つかってないんだ……。」
「…亡骸が……。」
「それに、実際のところ、あのあとも信長は生きていたんじゃないかって伝説が各地に残っている。第六天神社の話をしていたら、その伝説が何だかちょっとリアルに感じてきたよ。」

《21》知らぬ間に駅に着いていた。
改札の中に入ると竹田は、俺はこっちだからと瑠珈とは反対のホームに向かう階段を指差した。竹田の首から下げていたお守り袋が少し揺れた。それを見て瑠珈は、決心したように竹田に言った。
「竹田さん、もし…、もし明日も書庫の中であの幽霊さんに会ったら…、伝えてもらえませんか?」
「…へ……?」と、竹田は表情を引きつらせた。
「あ、いえ、その、違うんです。えぇと…、あ、そうです、悪霊退散の呪文です!効果抜群!強力ですよ!これを言ったらその幽霊、二度と現れませんから…!」
瑠珈はそう言って、竹田を真剣な眼差しでまっすぐ見つめた。
「な、なんだよ、それ……。」
「いいですか、覚えてくださいね…。
“本日酉の刻、月出城下、第六天神社前……!”」

――続く――

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