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survive
もし貴方にお子さんがいて、何か一つ残してあげられるとしたら何を残しますか。
***
私の父は胃癌で亡くなった。
スキルス胃癌であったためか、闘病の後半はなかなか壮絶だった。
一時退院で自宅療養中だった父は、私の隣の部屋で寝ていた。
ある朝母の叫び声で飛び起きた私は、家中に異様な臭いが漂っていることに気づいた。
何事かと、父の部屋の前に立っていた母の所へ行くと、部屋の中にいた父がお腹を両手で押さえながら、震える声で「お腹に穴があいちゃったよ」という。見ると、父の着ていたパジャマの腹部に大きな染みが広がっている。
救急車を呼び病院へ運び込むと、医師から「癌細胞が腹壁を破壊してしまった」と説明された。
処置が終わり病室へ行くと、父は青白い顔でベッドに横たわり、か細い声で「大丈夫だから、そんな心配そうな顔をするな」と言う。
なんだかそばを離れ難くて夕方まで病室で付き添っていたが、「遅くなると危ないからもう帰りなさい」と帰されてしまった。
父はいつも自分のことより、家族の心配ばかりしている人だった。
入院当初はまだ自由に動けたので、毎日決まった時間に見舞いに来る母が1時間遅くなっただけで心配になり、病院を抜け出して様子を見に行ってしまったことがあった。
私が会社帰りに病院に寄れば、疲れている顔をしているからもう帰れという。
自分だって心細かったこともあったろうに、そんな事は一言も言わなかった。痛いとか辛いとか、一度だって聞いたことがない。
結局これが最後の入院となり、病院から出ることなく父は旅立った。
***
幼い頃から私は父が大好きだった。
家族5人で遊びに出かける時は、ほとんどの荷物をいつも父が持ってくれた。
その挙句、まだ小さい妹が帰りに眠くてぐずると、背中におぶってあげていた。
優しくて力持ちで、真面目で寡黙な父だった。
私達兄妹に一度も何かを強制したことはなかったし、どちらかと言えば放任主義だったが、相談すればいつだってきちんと向き合ってくれた。
そんな温厚な父に一度だけびっくりしたことがある。
***
高校時代のことだ。
当時の担任は、高圧的で横暴な教師だった。集会等で不在の生徒全員のカバンを勝手に開けて検査したり、気に入らない生徒に暴言を吐いたり、それはまあ軍隊のようだった。
ある時、友人が些細な事で担任に濡れ衣を着せられ、停学処分を受けた。
その教師のあまりの理不尽ぶりに私は怒りが爆発。
抗議のつもりで授業をボイコットし続け、その結果あやうく留年しそうになり、親子で学校に呼び出されてしまった。
父から、呼び出されるに至った理由を聞かれ事情を話すと、「わかった。」と一緒に行ってくれることになった。
その日、校長室で父は私の隣に座り、先生方に頭を下げた。大好きな父に頭を下げさせていることが、とても辛かった。
担任教師はそのあと、一方的に私をなじる言葉を長々喋り、悲しいやら腹ただしいやらで涙目になっていた私の横で、父が突然立ち上がった。
珍しく怒りを含んだ大きな声で「あなたにそこまで言われる筋合いではない!」と言い放った。そして父は「これで失礼します。」と私を促して校長室をでた。物凄く叱られるものだと思っていた私に「学校、辞めてもいいぞ。」とだけ言った。
今でもあの日の事を思い出すと涙が出てしまう。
校長室にいた父、病室にいた父、いつでも静かに強い人だった。どんなに病気で苦しくても泣き言も言わずに黙々と毎日を過ごしていた。与えられた日々をただ粛々と。
私はあの人のようになれているだろうか。
***
どんな状況でも生き抜けと、父の姿に教えられた気がする。
私は娘に、これといった財産を残してあげることはできない。お金はいくら残しても心配は尽きないし、正しい使い方を知らなければ意味がない。
だから、小さな頃から娘には生き抜く術を教えようと努めてきた。
どんなことでも自分の頭をフルに使って考え、悩み失敗しまたやってみる。揺らがぬ信念をもつ。
出来る限り口も手も出さないが、父がしてくれたように、いざという時は全力で向き合う。
動物は、まだ小さな自分の子供に泳ぎや狩の仕方、身の隠し方などを教え込む。生き残るために必要な事を身をもって教えていく。それが子供に残せる唯一の財産だ。
命が尽きるまで生き抜け、生き残れと、身をもって教えられたらと思う。
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