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牙に生え変わるとき

 まず通帳を、次に結婚指輪をフロントガラスに投げつけた途端、リョーコは閃光と轟音にやられた。
 耳鳴りが遠ざかると、ゆっくりと目を開けて目の前を見た。
 銀行の窓という窓は消滅し、そこから黒煙が噴き出している。路上では数人が血まみれで倒れ、身動きひとつしない。
 バン!
 びくり、と飛び上がった。見る。運転席の窓、血の手形。髪と髭がぼうぼうの大男。全身黒く汚れている。
 目が合った。
 男がさっと消え、後ろのドアが開く。なんで。締め忘れ?バカ!
 まず子供程もある大きなパンパンのバッグが投げ込まれ、牛のような男が続き、狭い軽の後部座席が一杯になる。リョーコは体が座席ごと後ろに傾くのを感じた。更に男の酸っぱい体臭で軽い吐き気が襲う。
「だせ」
 何を言われたのか理解できなかった。
 運転席がひん曲がるほどの蹴りを食らい、ハッとしてアクセルを踏み抜く。ゴリゴリと異音。慌ててサイドブレーキを戻す。
 道路に飛び出る。鋭いクラクション。後ろで衝突音。
 手が滑りそうになる。
「ケンタ」男が言った。
「え、名前、ですか」
「ケンタ、いけ」蹴り。
「ひいっ」

 宛もなく車を走らせる。
 男の言う通り、リョーコはドライブスルーでフライドチキンを60コ注文した。これで完全にすかんぴんだ。泣けてくるけど、もう枯れてた。
 背後で男がチキンを次々に口に詰め込んでは、骨ごと噛み潰して飲み込んでいく。ボロボロとカスがシートに落ちる。
 その隣、はちきれそうなバッグ。その隣、なんでもやりそうな人。
 思わずあたりを見渡す。警察の姿はどこにも見えない。
 もう、一か八か。
「ねえ」やっば、声震えてる。
「アナタの頼みを聞いたんだから、今度はアタシが頼む番でしょ」
 男の手が止まった。
 リョーコの喉仏が動く。
「わかった」
 男は言った。
 リョーコは深く息を吐き、
「じゃあ、やっつけてほしい人がいるんだけど。今から、どう?」
 男は笑い、チキンを差し出した。
(続く)

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