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ほほえみを焼き落とせ
「神野さん、もう悲しむことはありません」
病室のベッドの娘の亡骸に埋めていた顔を引き上げると、仏陀が立っている。
その指が伸びて己の涙を拭うのを、神野は咄嗟に払いのけた。
「なんなんですかアナタ」
仏陀は優しげな笑顔を見せると、娘の額に手を当てた。
そこから放出された金色の光が娘に染み込んだ。仏陀は神野の手を取り、彼女の額にそっと当てる。
温かい。
息の詰まっている神野へ向け、仏陀は表情を変えぬまま言う。
「この礼として、貴方には私に手を貸して頂きたいのです」
涙を飲み下しながら神野は答える。
「誰が、断れましょうか」
仏陀は神野の両手を己の手で包んだ。
「一流の熱波師である貴方にしかできないことなのです」
一ヶ月後にある、神有月の出雲で行われる神々のサウナ我慢大会。
「決勝までは自力でどうにかなるんですがね」
その決勝に、神野は潜り込まされる。徳の篤い仏陀の推薦なら誰も疑わない。
「私の期待に添えなかった場合、娘さんのことは私から閻魔さんに頼むことになりそうですよ」
神野の温まった胸の底に冷たいものが落ちていく。
仏陀は彼を見つめたまま、笑顔で、高らかに。
「私は名誉が欲しい!」
その日が来た。
神野が更衣室に入ると、神々が思い思いに過ごしている。目を走らせると、仏陀とキリストは二人だけで雑談に興じている。神野は駆け寄り、挨拶を済ませる。
「ところで、今日の準備は万端ですか?」仏陀が切り出した。
「ええ、万事問題なくやらせていただきます」神野は満面の笑みで返す。
「はい、全て順調に進みますよ」キリストの言葉はいやに柔らかい。
神野は笑顔を崩さぬよう、慎重に仏陀に目配せする。浅いウインク。肯定。すでに仕込まれている……
会話を切り上げて控室に戻った神野は、今日のために用意したタオルとアロマ、そして柄杓をバッグから引きずり出した。
席はくじ引きで決まる。
【続く】