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逆噴射2022ピックアップ

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#逆噴射小説大賞

CHEF

 皮を剥いた玉ねぎを輪切りにする。分厚すぎると火の通りが悪くなるが、分厚いほうが美味い。料理には常に選択の苦しみが付きまとう。小麦粉は水でなく冷蔵庫で見つけたビールで溶いた。こうすることでさっくりとした衣になる。隠し味は砕いたスナック菓子(チリ味)だ。これが食感にもおいても、味にもおいても、良いアクセントになるだろう。片手鍋に油のプールを作り、火にかける。プールがジャグジーに変わったら、そこへ衣をたっぷりとつけた玉ねぎを泳がせる。良い音だ。玉ねぎたちが楽しそうにぷかぷかと浮か

C-Food

 その男がレストランに現れた時、店にいた全員が確かに雷鳴を聞いた。客たちは慌てて窓の外に目をやったが、そこには美しい夕焼けがあるだけだった。それから彼らはようやく闖入者に気がついた。  濡れた男だった。たった今、海から上がってきたかのように全身が濡れている。男の格好はどう見ても船乗りだったが、それがさらに彼を「異物」に見せていた。この町が漁業で栄えていたのは昔の話だ。今は世界中から人々が訪れる美食の都、港には漁船の代わりに大型クルーザーやヨットが停泊している。  給仕たちが男

「不殺生共同戦線」

剃り上げられた丸い頭。橙色の衣。小脇には鈍色の鉢。 僧侶達が列を成して托鉢へ歩み出す、朝6時のバンコク──。 ある僧列に、スーツ姿の男が駆け寄った。 駆け出しから13年付き合った間柄だ。たとえ5年振りでも、剃髪姿であっても、チャイは相棒の姿をすぐに見付け出せた。 「ダオ!」 僧名に慣れた今では懐かしき愛称。嫌が応にも反応せざるを得なかった。仲間の僧に一言告げ、ダオは僧列から離れた。 「…何の用だ」 感情の乗らぬ声を、チャイの早口が上書きする。 「タレコミがあった。

ウルトラハッポーブレインデッドセンパイキッスオブベロシティ

「祖母ちゃんのさ、あ、兎じゃないほうの祖母ちゃんな、口の中に紙切れが入ってたんだよ。丸めたやつ。レシートかと思ったけど、けっこう固めの紙でさ、広げてみたらよくわかんねえ記号が並んでんの。あれやっぱ暗号かなあ」  僕の先輩は昔やらされたよくない薬の影響で、たまに誤作動を起こす。  他人名義で借りている2DKの部屋をうろつき、まるまる盛り上がったアフロヘアをぼりぼり搔き、どんよりした目つきで意味不明なことを呟き、ゲロを吐いて倒れる。  比較的まともな時は、だいたい僕からせびったハ