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逆噴射2022ピックアップ

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#パルプ小説

ジオラマの境界線

 工務店の狭い事務所に響いた「ジオラマ」という四音を、私は聞き逃さなかった。デスクで夕刊紙をめくりながら、従業員たちのお喋りに耳を向ける。 「廊下を通ったときに襖が半開きで、婆さんが閉める前に見えたんすよ。山とか道とか、小さい建物とか」 「あたしご近所だけど、壇原さんって不愛想で付き合いがないのよね。出戻りした娘さんと二人暮らしだから、娘さんの趣味かも?」  どうやら今日、柴本くんをボイラー修理に行かせたときの話らしい。人口が五千を切ったと騒ぐこの田舎に、同じ趣味の人がいるの

デッドガール・レッツ・セット・デート・ゲットゲットゲットハート!!

ズッキューン! 愛しのアー君が放った矢がワタシの胸を貫いた! 雷に打たれたような衝撃! これぞ運命! ──まあベルっちがなんか凄いパワーで矢を動かしてくれたんだけどね。 みてみて皆! さりげなくかつしっかりと胸の矢を周囲にアピール。 これがモテカワ恋愛術34『隙あらば関係性を主張しちゃお!』 将を討ちたければ矢を射よって昔のすごい人も言ってたしね。 そうしていい感じに周りにいた子たちの視線を感じていると、アー君がふわふわと浮かびながら向かってきた。 「わりぃ。変にとん

くらげのアイスクリーム屋さん

 キラキラした陽射しを、波がきれいな模様にかえています。  海のなかでは、たくさんの生き物が日向ぼっこをしていました。サンゴや海藻のあいだを魚たちが遊びまわり、イソギンチャクはたくさんの手を揺らしてリズムをとりました。くらげは気持ちよくなり、ずっと温めてきた気持ちを、みんなの前で発表しました。 「ぼくはアイスクリーム屋さんになるのが夢なんだ」  くらげが言ったとき、みんなは笑いました。 「どうやって作るのか知っているのかい」 「そもそも、食べたことがあるのかい」 「きみ

月面着火

 八番目の月の炉にシャベルで燃料を焚べ終えると、ジンは滴る汗を袖で拭った。  燃料はガラ鉱とロベニア鉱。仕上げは”Purple Haze”と印字された遺物の欠片。  円盤の一片を炉の奥深くに押し込み、扉を閉め点火ボタンを押す。轟々と燃料の燃え盛る音を聴きながらジンはコロニーの祖父に通信を飛ばした。想定では、妖しくくすんだチリアンパープルの球体が蒼黒の宙に鎮座している筈だ。 「どうだ、ドグ爺?」 「悪くねえ、良い塩梅に煤けていやがる。使ったのはジミヘンか」 「ああ、シアトルで

「不殺生共同戦線」

剃り上げられた丸い頭。橙色の衣。小脇には鈍色の鉢。 僧侶達が列を成して托鉢へ歩み出す、朝6時のバンコク──。 ある僧列に、スーツ姿の男が駆け寄った。 駆け出しから13年付き合った間柄だ。たとえ5年振りでも、剃髪姿であっても、チャイは相棒の姿をすぐに見付け出せた。 「ダオ!」 僧名に慣れた今では懐かしき愛称。嫌が応にも反応せざるを得なかった。仲間の僧に一言告げ、ダオは僧列から離れた。 「…何の用だ」 感情の乗らぬ声を、チャイの早口が上書きする。 「タレコミがあった。

【デスメタル乳首破壊光線】

 バンドの練習に行くと、メンバーの二人はすでに肩慣らしを始めていた。俺は二人に声をかけてギターケースを下ろし、防音室の隣の部屋に入る。  狭苦しい事務室でPCの電源ボタンを押した。十数年モノのPCは殺してくれと悲鳴を上げながら起動。この断末魔にインスパイアされて書いた歌詞は1つや2つではない。3分ほど聴き入ってから目を開けると、モニタには青空と農場の緑。  メーラーを立ち上げ、出演や対バンの依頼がないかザッとチェック―――――一通のメールに目が止まる。  差出人の名は『ブル

ジャヤバヤの使徒

 アリが死体から心臓を引き抜くと、また太陽が森を照らした。くすんだ赤色が日光で鮮やかになる。かぶりつきたい欲求を抑え、アリは心臓を腰紐に結えた。 「最後だ」  ブディが死体を背中から下ろした。屈強な軍人ばかり死んでいる。ブディが運んでアリが心臓を集めた。  村は爆弾が落ちたような有様だった。最初はバラヤ族の仕業と思ったが、死体は全て頭を撃ち抜かれていた。  なぜ軍隊が?  アリは思案しながら残党を探す。入口近くに黒いバンが泥にはまっていた。  ブディが辺りを警戒する。見たとこ

魔道

1984年 日本 長野県 「山で天狗が死んどる」  森林組合の男性による110番は、駐在所の巡査が到着するまで悪戯だと思われていた。  応援要請を受けて正午に臨場した矢島は、白樺林のヒグラシが静まる時間になっても検視を続けていた。早急に報告を上げるべきだが、好奇心が「まて」と言う。  もう一度、オオワシの死骸に触れる。精根尽きたのか仰向けに倒れ、翼を広げたまま絶命している猛禽類の後肢、この大腿部から先を人間の――子供の脚とすげ替えた犯人は、異種移植を成功させたというのか。

しなやかな不死

 二度のまばたきとともに意識を取り戻した猫は、体を震わせつつ立ち上がった。辺りを見回す。どうもほの暗い部屋の中にいるらしかった。  ふと、腹のあたりに違和感を覚えた猫は、咳き込むようにしてその違和感を吐き出そうとした。  一つ、二つ、違和感のもとが音を立てて床に落ちた。二発の銃弾だった。 「なんだ」  音に反応して、部屋を立ち去ろうとした男が振り返った。大柄な、黒づくめの男だった。男は猫を見下ろし、顔を歪めた。 「ま、マジで生き返りやがった!」  男は銃を猫に向けた。銃口と猫

「おうちはどこなの」と少女は問うた

 東宮生まれ東宮育ちの6年生、桂木杏奈はこの町が大好きだった。だから自販機コーラ一掃事件や血みどろ軍手大量発生事件といった難題も解決してきたし、転校生のマリちゃんに町を紹介して馴染んでもらうのもぞうさもないことだった。そうしてスーパーの店長に「杏奈ちゃんは東宮の顔役だね」なんて言われて以来、杏奈は得意げに自分を“かおやく”と呼ぶのだった。  夏休みのある日、おつかい帰りの杏奈の目に見慣れない姿が留まった。暑い中茶色のスーツを着た、老眼鏡をおでこに上げて電柱に書かれた住所を

ロストジャイヴ

 仕事を邪魔されるのが大嫌いだ。俺が四気筒を駆るこの夜のハイウェイのように、何事も滞りなく片付けたい。 「「「クタバレ運ビ屋ァー!!!」」」  下卑たがなり声の三重奏。火球を吐き出す音三つ。  着弾。全て躱す。二つは路面を爆砕。一つはクルマを吹っ飛ばす。焼け焦げた廃車を轢き潰して迫る馬鹿でかいバギーの駆動音。  野郎は確か三つ首ガロシェ。八雲会最高幹部我島の子飼い。    そう、我島。今回のヤマの依頼主。 (積荷は会頭の遺体です。くれぐれも粗相の無きように)  我島のツ