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煙霧竜銃戦線

 喉に棘が刺さる様な感覚に、工場の屋根に座る少女は堪らず咳き込んだ。

 林立する煙突から昇り大気を蹂躙した煤煙のせいだ。苦悶に歪む口を、外つ国字の刺青が彫られた手で覆うと、草臥れた花柄織物の裾がつられて揺れた。
「……クソ」
 悪態の後また咳く。今度は喀血。
 舌打ちして血を吹き捨て、自らの首を掴んだ。
 掠れ声で何か呟くと刺青が緑に光る。優しげな光は喉へ、更に下って肺へ沁み込み、徐々に疾患を癒してゆく。

 初歩の治癒魔法。
 そう。殺された母から教わった最初の魔法だ――。

『動けるか、ハナ』

 虚空から聞こえる、内臓を震わす低い声。
 過去に浸りかけたハナはその声で現実に留まる。
「……殺せる程度には。そっちは」
『上々。簒奪した部品は我が機構によく馴染む』
「透明化できてるしね」
『左様』
 直後、虚空が歪み輪郭をとり――忽ち立派な黒鉄の体躯が現れた。姿は宛ら古代に滅びた恐竜で、手は短く脚は太く、大顎に鋭い牙がずらりと並んでいる。
 蒸気を吐きつつ黒竜は尋ねた。
『今日は此処か』
「そ」
 頷くハナは華奢な白脚で立ち、屋根を見下ろした。
 そして帯を改造したホルスターから自動拳銃二丁を掴み。

 淡々と、告げる。

「じゃ、皆殺しね」

『心得た!』

 黒竜は足爪で屋根を破砕し、瓦礫と脚で工員を床の染みにしつつハナと共に着地。警鐘音が錆臭い工場の空気を劈く。
「ド、ドラニカっ!」
 別の工員が拳銃で黒竜に数発。だが全て鉄の体に弾かれ、壁を這いずる排気管を穿ち甲高い噴気音を鳴らした。
 黒竜が嘲笑う様に吼えると同時、腰抜かし涙滲ます工員を見下して、ハナは両銃を構え詠唱する。
Blt et'imd
 刺青が蒼く光り今度は拳銃へ。
 引き金を引く――怜悧な青白い光弾が、工員の腹を抉って殺した。
 ハナの口が、吊り上がる。
「いたぞ!」
 続け様に武装した工員が襲い掛かる。
 が、ハナと黒竜は止まらない。

――飛んで火に入る虫ケラ共。
死にに来たなら本望だろう?

 詠唱と咆哮が、無慈悲に鳴り響く。


(続く)

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