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箱庭 case.1.


「テセウスの船を知っていますか?」


とロボットは問う。白い部屋。立方体。ロボットと私。ただそれだけ。

「テセウスの船を知っていますか?」
と腰ぐらいの高さのロボットは首を傾げ、再度問う。
「ここはどこなんですか?」
窓も扉もないが、天井の四隅に監視カメラがある。
「さあ。私にも分かりません。」
流暢に喋るロボットだ。
「ここから出られないのですか?」
「出られるかどうかは分かりませんが、可能性はあります。」
監視カメラは作動中のランプが点いている。
「テセウスの船を知っていますか?」
「それ、答えないとダメですか。」
「恐らくですが、答えない限りここからは出られないと思います。」
「ああ。そうですか。」

「では改めて、テセウスの船を知っていますか?」
「名前だけなら。」
「簡単にいうと、ある物体においてそれを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは「同じそれ」だと言えるのか否か、という問題をさします。あなたはこのパーツ全てが置き換わっているが、見た目も中身も全く同じ船を元の船と同じものだと思いますか?」

「違うでしょ。」

「例えばですけど、技術が発展して私のクローンがいるとします。でもそれは私じゃなくて"私のクローン"じゃないですか。見た目が同じでも個としては違う。そうなると、この船も元の船とは違う船なのかなと。」
「たしかに。それも一理ありますね。でもそれはきっと、あなた自身が居るから自分ではない別のものと認識できるのでしょうね。船はそれを自覚しているのでしょうか。」

なるほど、とつぶやき彼は黙った。

「クローンの話が出たのでそういったことに近い話をしましょう。生き物は日に日に細胞が入れ替わっていくのですが、骨は約2年で全て入れ替わるとされています。これを船のパーツとして見れなくもない。そうすると、2年前のあなたと今のあなたは違いますか?」
「同じですね。」
「意見が変わったようですね。」
「変ですか?」
「いや、変ではないですよ。柔軟に意見を変えられることはとても良いことだと思います。」

「今日はここまでだ。おやすみ。」
と男は手元のレバーを下げた。白い部屋の2台のロボットは電源が落ち、動くことはなかった。
「完成にはまだまだ程遠いようですね。」
と、研究員が先程までロボットを通して話していた白衣の男に話しかける。
「そうだな。会話データの方は私が片付けるから、君は記憶メモリの処理を頼むよ。」
「本当にロボットが心なんて持てるんですかね?」




箱庭case.1.「お払い箱」

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