この夜を越えられやしない
腰から覗いた紺や黒を見ないフリ、肩から見えたレースのことも知らないフリをする。手を繋ぐこともなければキスをすることもなくて、歩いていて肩が触れれば謝り合う。そういう私達の距離感は、ただ隣を歩く行為すら特別なものにさせてしまう。
そよ風みたいに曖昧にしておくことで私達は同じ時間を過ごせている。ただ、それがどうしても、「一緒にいる」という表現には成りきらないし、友達よりもとっくに大切だけれど恋人には成り得なくて、だから私はこの関係性に名前をつけようとすることをやめた。
春や夏や秋を巡って私達が諦めてきた思い出と、そのおかげで得た幸せとを天秤にかけることは出来ない。
首筋にもし薫るような痕があってもきっと君は何も言わない、じゃあ私はどうするんだろう。君の口を塞いでいるのはいつだって君が私を思う心で、私はその口を自由にしたくて仕方がないのに、それだけはどうしても、お互いでは役不足だった。
お互いでしかお互いを埋められないのに、自分の空白を埋めるために誰かを消費することを私達は嫌っている。そういうところが共通しているから、きっとまた、理由を作って同じ時間を過ごすのだ。
私達には、理由が必要だ。ただ一緒に居たいだけで一緒には居られないから。
私達には、理由が必要だ。ただそこにいてほしいだけなのに。
じゃあね、より、またねを好むところすら共通してしまっている。素直になれない、なってはいけない、いつかすれ違ってしまうことが分かっていて尚、私達は、この夜を越えられやしない。