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「こだわらない」というこだわり

みなさんは物事に対して「絶対にこうじゃないとダメだ!」「どうしてもこれがいいんだ!」というような強いこだわりはありますか?

僕にはほとんどありません。もちろん好みはあります。でも自分にとって本当に大事なことはほんのすこしだけ。

ほとんどのことにはあまり執着も期待もしません。

「こだわる」とは?

「こだわる」という言葉の意味を調べてみると、こんなふうに書かれていました。

拘る(こだわる)
ひとつのことについて強く思い入れたり、執着したりすること。比較的どうでもいい事を気にしすぎて、いつまでも気にかけたり必要以上に手を加えたりしたがることを意味する表現。

こうして見るとかなり悪い意味の言葉ですね。笑

他方で世間一般ではわりとポジティブな意味合いで使われてることが多い気がします。たとえば「店主こだわりのコーヒー豆専門店」とか「希少素材にこだわった特注ギター」みたいな感じ。

で、自分にとってそういうこだわりってなんだろう?と思ったとき、「いや、別にないな」と思うわけです。

僕の人生において「絶対にこれだ!!」というこだわりはありません。が、強いて言うなら「何事にもこだわらない」ということ自体が僕のこだわりなのかもしれません。

振り返って今までの人生でずっと執着していたことは「音楽を続ける」ということだけでした。

「音楽を続ける」という執着

執着といっても、こだわりというよりはむしろ「やめられなかった」だけかもしれません。

僕にとって音楽は「なにをやっても今ひとつパッとしない自分にとって唯一のアイデンティティ」です。それを手放すことができなかったというのもあると思います。あと音楽作るの楽しいので、ついやっちゃうんですよね。そもそも趣味なので。

小学生のころDTMで独学で曲作りを始めて、ネットで投稿したりしてました。ゲーム機やソフトを買うお金はなかったけど家に1台のパソコンと、時間だけはあったのでゲームがわりにフリーソフトでMIDIを打ち込んでいました。

周りの家族や友達にもそんなことやってる人いない中、自分だけがこういうのできるのすげー!とか思ってたのですが、だんだんと思春期の子供心に「オタク趣味」って感じがしてきて、なんとなく気恥ずかしくてフェードアウトしてしまいました。

中高生ではモテたくてギターやってバンド始めて、ベーシストがやめたら自分がベースに転向して、ギターボーカルがやめたら今度は自分がベースボーカルやって、それでもバンドがうまくいかなかったらバンド活動をやめました。音楽的なスキルの不足もありましたが、人間的にも未熟で稚拙でした。チームワークとか団体行動が絶望的に向いておらず、礼儀も常識も知りませんでした。

漠然と当時好きだったバンド(BLINK-182, SUM41, Good Charlotte. MESTなど)みたいになりたいと夢見ていただけで、バンド活動していくには自分には足りないものがたくさんありすぎると気付いてから、完全に向いてないんだな、と諦めました。

専門学校に行ってレコーディングの勉強して、友達のバンドのレコーディングを手伝ったり、深夜でも有給使ってでも機材担いでどこでも行ったし、それでも思ったようにうまくいかなくて、ずっと赤字だし体力が持たなくて大変だったからやめました。

レゲエやラップやってる友達や先輩のトラック作ったりミックスしたりしましたが、それもしっくりこなくてやめました。

なんだかんだでやっぱりDTMでひとりでコツコツ曲作りすることに戻ってきて、Audiostockを始めてみたら運とタイミングが良くて流れに乗っかって売り上げもアップして、そこから仕事の直接依頼が来たりしてさらに好調になり、今ではそれが仕事になっています。

これまでいろいろ紆余曲折やってきたことに対して

「俺は絶対にバンドマンとして売れるんだ!」
「絶対にギタリストになるんだ!」
「絶対にレコーディングエンジニアになる!」
「絶対にトラックメーカーで売れっ子になるぞ!」

こういった執着は正直あんまりなかったです。

そのときその瞬間は本気で必死でやってたし、ひたすら時間をかけて練習したり勉強したり、声が掛かればフットワーク軽くどこへでも行っていました。

自分なりにどんどん首突っ込んで一生懸命やってみて、それでも向いてないなって思ったらそこから離れて、次のことに挑戦して、といった感じでトライ&エラーを繰り返しながら自分に合うものを探して今に至っています。

諦めたからこそ開ける道がある

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