
Photo by
aya_ashiato
おたまを持つときに左利きを思い知る
扇風機の心地よい風を浴びながら、今パソコンの前に座っている。さっき日記をつけたばかりの私だ。
日記はその日中につけたほうが良い。何を当たり前のことをと思うかもしれないが、つけるのを翌日にするとあまり記憶にない。いや、何があったのかは思い出せるのだが、感情まではリアルに思い出せなくなっているのだ。例えば怒りを感じたことは覚えているがそれがどの程度でその時頭によぎった何かはもう思い出せない。
日記はその日中につけたほうが良い。
今日は紅茶豚を作った。ブロック肉を縛って茹でてタレにつけるあれだ。なんで縛るのかは知らない。なんで紅茶で煮るのかも知らない。でも成果物は美味いのだから問題ない。
そろそろ寝ようかと思い、紅茶豚をジップロックに入れ、タレを適量突っ込んで冷蔵庫に置いておかなければこの暑さでだめになってしまうかも。そう思ってジップロックを棚から取り出して、トングで紅茶豚を入れて、おたまでタレを適量入れた。
私は左利きである。おたまを持つといつも思う。市販されているおたまのほとんどは右利き用にできていることをご存知だろうか。見分け方は簡単。右手で持ったときに、尖っている部分が手前に向いているかどうかだ。
右利き用のおたまを左出て持ってみて欲しい、尖っている部分は遠い方に来てしまう。そう、意味がないのだ。このおたまを使うとき、右利きの人よりちょっとだけ汁を溢すリスクが高い状態で注がなければいけないのだ。
ちなみにハサミもほとんどは右利き用で、そういうものは左手では全然切れない。なんの縛りプレイか。