日報:2019年11月24日 先週見た地獄

ドイツに「ニュルブルクリンク」というサーキット場がある。そこは、いわゆる普通のサーキットである「GPコース」と、世界最長の過酷なコース「ノルドシュライフェ」というコースがある。ノルドシュライフェで、年に1度の24時間耐久レースや、そして世界中の車のメーカーが車の開発テストが行われている。

別名「緑の地獄」。

★★★

持つものは、持たざるもの・弱いものがそもそも信じられないので、馬鹿じゃないのとばかりに、持たざるものを足で屠りにかかる。意識的にやるかどうかかかわらず。

★★★

先週、StartupWeekendで同じチームだった人とお昼ご飯を食べに行くことになった。その人物を仮にAさんとする。

広いテーブルに案内され並んで食べていたら、おばさんと彼女が育てている子どもさんがやってきて自分たちの前に座った。

知らない間に、Aさんはおばさんに絡み始めた。おばさんは、店の常連らしく、どうやら金持ちで自分やら子どもの自慢(某大阪の一流の学校に寄付金を積んで、障害を持つ子どもを入学させたとか)を始めた。

この人信用してはいけないセンサーがわたしの脳内で鳴る。つまり、この人の話していることは話半分で良い。

どうやらこのおばさんはAさんを気に入ったらしく、話が盛り上がっているところを横目にわたしは食べることに集中する。

やがてご飯を食べ終わり迎えがやってきて子どもさんが先に帰ったところでAさんがおばさんに「今日ね、彼女(わたし)が悩んでいそうだから話を聞きにきたんすよ〜」と言い出す。

地獄はここからだ。

おばさんは提案した。
「そこの喫茶店いこ!話聞いたるから!」

正直行きたくなかったが、NOというとAさんに申し訳ないと思った。有無を言わせず、ごはん屋の近所の喫茶店に連れて行かれ、Aさんはわたしに「しゃべりなさい」と促す。

障害と仕事の話をした。

「そんなん考え過ぎや!五体満足で話もできて、そんなの障害じゃない」
「お金がないとか、愚痴を言ったらあかん、誰も聞きたくない」
「自信を持て」
「世間知らず」

障害は、差別の他に、無理解の地獄、というものがある。
発達障害は(私の場合)字義通りにしか物事が捉えられず、相手の言葉の綾や裏側を読み取ることができない。
故に、世間の魑魅魍魎がわからず、世渡りが永久にできずに、言葉を借りると世間知らずのままになってしまう。だから障害なのだ。働けないのだ。
(勉強が不足していることも付け加えておく)

こんな人が、某の障害を持つ子どもを育てているなんて信じられない。お金の力でなんとかなっているのだろう。

「デザイン制作なんて儲からないって素人でもわかる。絵なんか描いてても売れない。(そこでうちの子は二科展に出したという自慢も入る)ほんであんた何がしたいん?金持ちと結婚して家庭に入れ」

もう思い出せなくなってしまったのだが、おばさんはわたしの話すことを全部否定しにかかる。否定というよりは、最初に書いたが馬鹿じゃないの?信じられない。というのが正しい。そしてAさんは基本的におばさんに同調する。

おばさんは金持ちであるが、同時にAさんも仕事と家庭をもつ「持つもの」のサイドにいる。

わたしの味方(と言ってはいけないが)は気づいたら誰ひとりいなかった。持たないまま、弱いまま、それでもあがいて生きていこうという気持ちは誰にも伝わらない。

連絡先を教えろと言われて全力で嫌だ!と言いたかった。名刺を持っていなくて本当に正解だった。二度と関わりたくない。

「10年も彼氏いなくて寂しくないの?」というまたいらんことを言われたので、「障害が原因でふられたんです」と話して差し上げた。

★★★

後で思い返したら、Aさんに対しても、早めに、この人信用してはいけないセンサーを鳴らすべきだった。

Aさんと同じチームになったのは、わたしの「バーの常連に絡まれて不愉快な思いをした(うざい)からお一人様専用バーをつくります!」というピッチがきっかけだったからだ。こんな考え方をする人のセンシティブな話題に(信用したくない)おばさんを仲間に入れる神経がわからない。

そこまで想像力を持て、というのは期待しすぎだろうか。

なぜなら、精神的に追い込まれている私にAさんは「今日の収穫はなんでしたか?」とメッセージで追撃し始めたのだ。
「(信用できないひとに)悩みをやたらめったら話さない」と返したら「否定形はよくない」と説教じみたことを言い出した。知らん。

もう、誰も信じられなくなってしまった。
話半分でよいということが頭でわかっていても心がついていかなかった。

★★★

後日、少しずつ落ち着いたところで友達にポツポツと話すと「もう忘れなさい、酒飲め」という言葉に救われた。酒飲んだ。回復するまで何日かかかった。おばさんはもちろんだが、Aさんのことももう信用しない。

話を冒頭のニュルブルクリンクに戻す。

思えば、わたしはフリーランスになって、ようやく、ノルドシュライフェ…緑の地獄に入ったばっかりなのだ。制作会社にいた頃は、GPコースばっかり走ってた。だから、コレ以上の地獄がやって来ることも、あるかもしれない。早く忘れよう。

夜が来るともう何も見えない、雨や雹が降りしきる緑の地獄の中で、わたしは試されている。世界中の開発中の車と同じように。

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