サナンダ・マイトレイヤ/テレンス・トレント・ダービー『N.F.N.F』etc
サナンダ・マイトレイヤ(Sananda Maitreya)
現在も自身のサイトで良作を発表し続けているが、
デビューはテレンス・トレント・ダービー(Terence Trent D'arby)の名義で、世界的な大ヒットを記録している。
僕が小6の時に母親がこのアルバムを買ってきて聴かせてくれた、そのデビュー作『T.T.D. Introducing The Hardline According to Terence Trent D'Arby』は、確かに鮮烈なモノで、当時のブラックミュージックの流行と一線を画し、かなり独特で洗練されたソウルミュージックという感じだった。
プリンス(prince)やマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)が好きだったのだが(今も)、それに匹敵する格好良さで直ぐに好きになった。
しかし、僕がリスナーとして最も衝撃を受け、後に音楽を作り始めた自分にも最大の影響を与えたのは、1989年リリースの2ndアルバム『N.F.N.F. Neither Fish Nor Flesh』だった。
世間一般的には、内省的・自己満足とか、失敗作とか言われがちだけど、その言説は、僕の考えでは、刷り込まれた概念なんじゃないかと思う。
記憶では、発表当初、雑誌を幾つか読んだら殆どが高評価で、そうだよなと思っていたら、少し経ったら急に自分の世界に入り込んでしまい云々っていう記事が出始めたような気がして、それがさも一般的な見解みたいになって、後にそう書く人が増えたように感じる。
聴く人を選ぶところもあるかもしれないけれど、僕自身は1stから2ndの流れに驚きと共に凄くワクワクさせられた。
当時は僕は14歳で、音楽をフラットに受け止めていたし -というか今もだけど- 、辛らつな評価をしていた記事がさっぱり理解できなかった。
とにかく『N.F.N.F. (Neither Fish Nor Flesh)』は名盤。
ヴォーカル表現の幅広さや、ソウルやロック、ファンク、サイケポップ等を飲み込んだサウンドもいまだに発見があって素晴らしいし、個人的には詩が凄いと思う。僕が"詩"そのものに興味を持ったきっかけでもある。
いま読み返すと中川五郎氏の翻訳の妙もある訳だけれど、アルバムの導入曲から惹かれるものがあった。
「・・・・というわけで僕はあなたの大切な人なんかじゃない
このことに関しては僕はあきらめもしよう
しかし・・・世間から
僕は決してこういう人間だというレッテルを貼られたりしない
何故なら僕はまったく得体の知れない存在だからだ
...so I'm not your pearl
To this I am resigned
But... to an outside world
I will not be defined
'Cause I'm neither fish... nor flesh」
思いつきの抜粋
"Roly Poly"
「きみの運命論者の衣裳部屋
ビーナスが舞うカスプの下
血染めの寄託物がひっそり隠れている
Your fatalist's closet
Where blood stained deposits hide deeply
Underneath the cusp of Venus fly」
難解な詩が売れなかった理由の一つと言われたりもするけれど、それは強みに転換できるはずだし(大手レコード会社からのリリースなら尚更)、上記の何故"批判的な刷り込み"が始まったのかというのは、僕の見解では、11曲目"I don't want to bring your gods down"の詩の内容にあったんじゃないかと。"上"の奴等が怒ったんじゃないか。
ちなみに、その曲は詩もさることながら、後のネオソウルのブームを相当先取りしたした大名曲。サナンダの歌唱も強烈さと繊細さの使い分けが素晴らしくて、とてもソウルフル。
この後に発表された『Symphony or Damn』(1993)、『Vibrator (Batteries Included)』(1995)も名盤と断言しておきたい。ちなみに翻訳はやはり中川五郎氏。ぜひ日本盤を買って読んで頂きたい。
よりロック色と同時にクロスオーヴァー感が強まり、独自のスタイルが確立されていく。
ボーカルの上手さ、音楽性の高さ、詩の高いレベルに加えて、容姿の良さやダンス(恐らく独学であるが故のユニークさもある)もあって、
同じ黒人で、あらゆる要素が他のアーティストとも異なる独自のスタイルを持ったスター -マイケルやプリンスにとって、脅威となる存在だったんだろうなと。
特にプリンスは近い要素が多くて、例えばレニー・クラヴィッツは共演に誘えても、サナンダは気軽に共演できなかったんじゃないかと個人的には想像してる。
サナンダ・マイトレイヤ(テレンス・トレント・ダービー)は、現在も精力的に活動しているので、ぜひ注目して欲しい。そして『N.F.N.F. Neither Fish Nor Flesh』『Symphony or Damn』『Vibrator (Batteries Included)』が再評価されることを祈ります。