【自作】『夜の氷はまだ融けず… 古い子守唄による14のメタファー』 について
2022年10月10日の演奏会について
2022(令和4)年10月10日、マリンバのために書いた自作品が初演されるのでそれについて少し書きます。
今回初演してくださる打楽器奏者の沓名大地さんのご委嘱で制作しました。
演奏会は沓名さんの故郷である愛知県蒲郡市で開催され、4名の地元出身者による凱旋コンサートとなるそうです。もともと2021年9月の開催予定でしたがコロナ禍、緊急事態宣言などの影響で本年に延期されました。
この曲も2021年に書かれましたがやはりそういった時勢と自らの作曲の関係が反映されています。
タイトル・サブタイトルについて
2021年は年間を通して20曲を断続的に配信(一日数時間だけオンラインで視聴できるという形で)した作品『月に惑ふ』を制作していた時期でした。これは《更級日記》に取材したオンラインインスタレーション的な作品で、2020年に始まったコロナ禍以降、インターネット上に配信作品・演奏会があふれかえるなか、代替手段ではなくオンラインでなければ味わえない音楽とはなんなのか、また私たちがコンサートホールで体験していた一回性の体験とはなんだったのかなど、コロナ禍で直面したクラシック・現代音楽家としての課題が反映されたものでした。
『月に惑ふ』の派生作品としてその素材を転用し、ピアノ独奏のための短い断片をいくつか書きましたが、それが『冴えし夜の氷』というシリーズでした。《更級日記》に収録されている和歌
冴えし夜の氷は袖にまだとけで冬の夜ながら音をこそは泣け
から取られており、本作品のタイトルもこれを転用したものです。
サブタイトルにある「古い子守唄」というのは京都に伝わる子守唄、優女(やしょめ)のことです。一説には蓮如上人の作と言われるこの歌を下敷きに、昨年私はフルートソロのための間奏曲を書いています。ソプラノ独唱と2面の箏、フルートのための『みだれ髪』による月夜五首という作品の中で演奏されるものです。この作品では5つの短歌に旋律がつけられ歌曲になっているのですが、それぞれの間に間奏曲(interlude)が演奏されます。4曲のinterludeのうち3曲はフルートによるもので、特に最初の二つのinterludeは『月に惑ふ』の断片を使っており、作曲者による「月」のイメージが自己引用したものでした。そして第3のinterludeが子守唄『優女(やしょめ)』を下敷きに短歌の構造へ当てはめたものでした。一見平凡な調性による歌曲作品なのですが、中間でinterludeとそれに挟まれた歌曲が不確定的に重なり合うなど、試みも盛り込んだ作品でした。
上に引用したように、総譜を用いずに別の断片を重ね合わせる手法を取り、さらに優女を題材にしたinterludeは音価を指定しない記譜によるものでした。(これは私が研究している能楽の拍子不合という概念の影響もあります。)
曲の内容について
マリンバのための本作も音価を原則として指定しない方法で書かれており、具体的なリズムや休止は演奏家によって決定されます。またサブタイトルに14のメタファーとありますが、ゆるやかな連関を持つ14の時間断片を並べた作品です。ただバラバラな断片というわけではなく、本来続けて演奏されるべきものがバラけていたり、一方が他方の下敷きに(あたかもパッサカリアの低音と変奏のように)なっていたりと様々な方法でそれぞれの断片同士がネットワークを持っています。
コロナ禍によってコンサートホールという場を剥奪されたとき、時間体験のしかた・されかたが変わってしまうという実感がありました。ホールで音楽を聴くことがめっきりなくなり、膨大なアーカイブが残り、オンライン上にあげられた音楽はいつでもどこからでも聴けるようになりました。そしてそれらは、何回でも繰り返されるし、好きなところでストップできるし、スキップしながら聴くことも倍速で聴くこともできます。
それまで直線的な時間、漸次的な響きの変化などを自作品で扱ってきただけに、自分にとってはその衝撃は相当なものでした。
その結果、2020-21年に作った作品(本作品と上に述べた作品)は時間や響きの断片を並べたり、重ねたりするものになったわけです。
現在コンサートホールを取り戻しつつある世の中ですが、2022年に本作の初演はどのように体験されることでしょうか。ご興味ある方は足をお運びください。
※全文ここまでとなりますが、サポート・もしくは記事購入といった形で応援していただけると大変励みになります。よろしくお願い申し上げます。
ここから先は
¥ 300
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?