よっぽどのこと。
Vコンだけのディレクターなんているの!?
20代で超一流の仕事をこなしていたあなたにはわかるまい、と、僕は彼の家まで送る車の中でそう思った。
ああ、ちがうのだと。
かれこれもう6年ほど前になるのか、彼と初めて会ったのは。
僕みたいな野良のエディターが君と仕事ができたのは奇跡のような出来事だった。
そしてそのあとの数ヶ月間は、僕のクリエイター人生の中で最も輝かしい時代だったと言い切ることができるだろう。
心酔していた。
きっと今も影響という意味ではしっかり体の芯まで食い込んでいる。
それを求めて僕は編集をしてきた。
思えばいつも、揉めそうな案件の時にばかり呼ばれているような気がしていた。
どう見てもメインどころだったり決めに行く仕事ではないのは、かなり初期の頃からずっと気づいていた。
僕はトラブルシューターだった。
エディターという職種は、大きく二つの仕事の取り方があって、一つはプロデューサーないしプロダクションの選定によって選ばれるパターン(誰でもいいからアサインしてくれ、も含む)。
そしてもう一つは、ディレクター指名によるもの。
「優秀」なエディターは前者に多く、「作家性」のあるエディターは後者に多くなりやすい。
もちろん時期的に後者の系統のエディターが前者の仕事が多くなるときもあるが、前者の系統のエディターが後者の仕事をたまたま取ることはかなり稀な例である。
僕はこの5年間、毎日傷つき続けた。
心底惚れたディレクターからの指名がくる日なんて、年に数回。
それ以外の日は、僕は毎日傷ついていた。
こうして文章にすると、はっきりと整理されてはっきりと気付いてしまう。
僕は彼に心底惚れていたし、心底影響を受けているし、心底傷ついている。
そして傷つき疲れて僕はディレクターになった。
エディターをやっていても、もう君と仕事することがないのなら、僕はこの職種になんの未練もないし、正直他の仕事で心躍ることなど1mmもない。
1mmもないけれど、1ミクロンの心躍る瞬間を見つけては、まるでそれが世界の終わりかのように編集して仕事をしているのだけれど。
2024年の1月で僕は6年間いた赤坂の事務所を引き払う。
いくらか理由はあるし、みんなに言ってる理由は全くもって嘘ではないのだけれど、理由と意味はちがう。
行動の意味は全く違う。
一応僕もエディターの端くれだ。
名前を英語で打てばカンヌに入賞した時のサイトが出てくるくらいには業界に潜り込んでいる。
一応11年も業界にいるし、そこそこにキャリアもある。
そんな人間だからわかる。
多分、これから先、彼と仕事をする日はもうこない。
最後の仕事の時、久しぶりに呼んでもらって気合いが入っていたこともあったり、プロデューサーの回し方がめちゃくちゃだったり、僕自身の慢心もあったり、いつも通りの仕事のやり方をやらせてもらえなかったりして、冷たい衝突を繰り返してしまったように思う。
対話もできなかったな。
なんとなく、そんなふうに僕は感じた。
なんとなく、慢心があったのは僕だけじゃないようにも思えた。
これまでほんの少しもネガティブを感じたことがなかったのに、ほんの少し、彼のそういった慢心のようなものを感じてしまった。
これはきっと僕の人間性が引き出してしまったからのような気もするから、彼がどうこういうつもりは全くない(惚れた弱みもあるのだけれど)。
だけれど、もう二度と彼と仕事することがないこの職種に、僕はどうしても魅力を感じることができない。
もう、あれ以上の感覚を味わうことは決してない。
そう思うと、僕の中の何かが死んでしまったように感じた。
ずっと、死後の世界から生前の記憶を見ているような気持ちで生きていた。
実際に話をしている時に、次の言葉やしゃべっている内容を頭の中で理解できずに言葉が出続けていて、それを達観して違うことをぼーっと考えていた時が、たまにある。
つまり話をしているのだけれど、その話を自分が聞いていないというかなにも考えていないのに言葉が出ているから、自分の言葉だと思えないし、しかもその言葉を聞いていない。
自分でもどうしてその間話ができているのかわからないし、支離滅裂になりそうなものだけど、その間も会話している相手は話を理解して答えてくれているので、僕もそれに合わせて話を理解していくような、不思議な感覚に陥るときがある。
この乖離がひどくなるとどうなるのだろうと、ひどく不安になる時がある。
僕は僕を生きていけるのだろうか。
もう君を待つのは辛いから、僕はこの螺旋から降りて、もっと好きにやるとするよ。
きっとこわかったんだと思う。
そういう大きな仕事をしている自分が、まるで落ちぶれたように思える小さな仕事だったり、心躍らない仕事をしていくのが。
だけれど僕は僕自身を受け入れていかなくちゃいけないし、僕は君じゃないし、君にはなれない。
僕はVコンのディレクターの依頼が来たとしたら、喜んで受けると思うよ。
さようなら、赤坂。