数字に囚われる
昔々、それはもう自尊心が皮膚を被って生きているような男がいたそうな。男はしがない物書きであった。人には「たいした物語も書けない人間でありますが」と前振りするものの、腹の中では「自分より素晴らしい物書きはこの世に存在しない」などと、恐ろしいことを盲信していたであった。
ある時、恥と屑の寄せ集めのような男が彼なりの傑作を生み出した。その作品は多くの人の心を揺れ動かし、多くの人が彼の作品に共感し、賞賛する感想を残し、「続編希望します」という熱い言葉もかかるだろう。彼は彼だけの当たり前を口には出さなかった。ああ、恥ずかしいて言ったらありゃしない。
男は「駄作ですが宜しければ是非」と薄っぺらい建前をつけて投稿した。鼻息を荒くして様子を眺めていたが、何分何時間何日経っても彼の作品が多くの人の心を揺らしそうにない。数週間置いて1、2という具合に増えていき、一ヶ月後に見た9の数字から動くことはなかった。彼は非道く嘆いた。
「嗚呼、私の作品の価値が数字一桁だなんて!そんな馬鹿な話があるものなのか?いやあるわけがない!」
男は自分の作品に努力は惜しまなかった。頭を下げることさえ馬鹿らしい人間にも媚びへつらって宣伝して回ったが、結果は同じだった。男はだんだんと書くことが馬鹿らしくなり、終には書くことをやめたのであった。
「自分の語彙力と文章構成の低さを痛感し、暫し勉強のため離れます。また会うことがあればまた」と心にも思ってもいない文を残し、彼は去っていった。
▼△▼△▼▼△▼△▼▼△▼△▼
数週間後、一人の少女がその文を見て、「えっ」と言葉を漏らした。
「この方の作品、癖が強いけど好きだったのになぁ」
「確かに多くの人に受けなさそう作品ばっかりだったけど、だからこそ好きだったのになぁ」彼女はカチカチとマウスを鳴らす。
「また探せばいいだけの話なんだど、やっぱさみしいもんだねぇ」
シャットダウンしますの文字が浮かぶ。彼女は画面が真っ黒になる前にパソコンをそっと閉じるのであった。