おなじものさがし
プレパラートように砕けてしまった心を持った人間は焦っていた。頭の中が騒がしい。「このままではいけない」と急かす自分と、「でもどうしたらいいんだ」と急かす自分に怒鳴り返す自分と、「どうせ自分は」と泣きじゃくる自分を必死に宥めていた。このままだと頭の中の自分に殺されると思った人間は、歩く気力があるうちに、気晴らしをするために外に出た。
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初めに入ったのは本屋だった。雑誌に漫画、文庫本にハードカバーの本と並んでいて見ているだけで頭に刺激が入ってくる。おすすめの本が並んでいるコーナーを見て、人間は困惑した。
二週間前に気になっていた本がその場所からなくなっていたのだ。その本は「心情が読み取れない人達へ」というタイトルで、国語の文章読解で登場人物の気持ちが理解できないのは何故かについて書かれたものだった。分からない側を遠回しに馬鹿にしたり、悲憤するようなことが一切ない。また、分からない側がどうして分からないかの原因を推測してどうすればいけばいいか丁寧に説明されていた。
思わず感嘆な声が漏れた。買おうか悩んだが、その時は手持ちがなくて買うことができなかった。だから、次回立ち寄った時は買おうと思っていたのだ。すっかり忘れてしまっていたのだが。
だが、その本はなくなっていた。こんな良い本がこんな短期間でなくなるなんて。私は急にその本に会いたくて仕方がなくなった。ありそうなところは全て探した。名前は覚えていないが、内容と本の大きさを頼りに探す。だが、その本はなかった。この本屋からその本はなくなってしまったのだ。
私は探すのを諦めて、その本がかつてあった場所を見つめる。そこには最近SNSで騒がれている本の最新刊が今は置かれていた。本も人気がなければ居場所を追われるのかと思うと、見つからなかった本が更に愛おしくなった。この本のことを今この時愛しているのは作者を除けば私だけだろうと笑った。
〇〇〇
次に入ったのは服屋だった。昔はこの服が好きでよく買いに行ったものだ。今は部屋に必要以上に溢れかえった服が雪崩を起こさないようにするために買わないように決めていた。その服屋は近いうちに閉店する。以前見たときより「閉店」と書かれた貼り紙と割引のパーセンテージが増えた気がする。
服を眺める。着れる服は少なかったが、この店の服のデザインは好きだった。服を眺めているうちに「どうして買ってくれないの?」と声が響く。「もう会えないかもしれないのに?」と冷ややかに見下すような視線が刺さる。そんなものはないのは分かっている。だからこれはきっと自己投影だ。
売れ残りで安売りされた文房具、訳ありのお菓子を見るとつい手に取ってしまうのだ。そうだ、私は昔から売れ残ったものが見捨てられないのだ。それは裏を返せば自分が救われたい報われたいの願望なのかもしれないと思った。
私は着れそうな服の色違いをレジに持ってきた。接客をしてくれたお店の人の優しい笑みに少し怯えながらも、私はぺこぺこと頭を下げながら袋を手に取る。袋に入った服を見ると心が満たされた。良かったね、君はもう売れ残りじゃなくなったんだよ。
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家に帰る頃にはクタクタになっていた。疲労感が不安感に勝り、私はベッドに倒れこむ。私が愛したいと思っていたモノ達で溢れた部屋で一人、私は明日の夜ご飯のことを考えながら目を閉じた。