保健室の主-You should conform to the custom of the country.-

あるところに不服そうな少年がいました。少年は宿題として出された「目標を立てる」という課題に対して、白紙のまま提出しました。

それを見た担任の先生は憤慨し、少年に放課後教室に残るように命令しました。先生は少年に対して、「どうして目標を立てなかったのか」を問い質しました。

しかし、少年は「立てる意味を理解出来ない」と答えるばかりで目標を書こうとしません。先生はとうとう彼を叩いてしまいました。彼は叩かれたことに対して、唯々歯を食いしばるしかありませんでした。

頬を叩かれた少年は保険室に行きました。そこには黒い白衣を着た保健室の主がいました。この学校には保健室の先生が二人います。なので、此処の生徒は陰で白い白衣を着た優しそうな淑女の保健室の先生を「先生」と呼び、たまに現れる白い肌に黒い白衣を羽織る魔女のような保健室の先生を「主」と呼んでいました。

保健室の主は少年に事務的に尋ねました。

「どうした、その赤く腫れた頬は」

少年は答えました。

「先生に叩かれました」

「そうか」と保健室の主は答えました。

「一昔前ならば体罰と呼ばれていただろうな」

「何の話ですか」

「いや、何でもない。ほら、薬を塗るよ」

少年は保健室の主に言いました。

「先生は俺が叩かれた理由、聞かないんですね」

「想像はつくし、興味はない。だが、話したければ話すといい。大人の義務として、君の話に耳を傾けよう」

少年は苦笑したあと、「ではお言葉に甘えて」と話を続けました。

「目標を立てる宿題を出されたのです。目標を立てる意味を理解出来なくて白紙のままに提出したらこのザマです。よく考えて下さい。目標なんて立てたところで何になるんですか。先生がいうには『見通しをつけるため』らしいですけど、目標立てたところて、『じゃあこの後俺はどうすればいいわけ?』って感じなんですよ。そもそも目標なんぞわざわざ立てなくても、やりたいことがあれば自然と何かするじゃないですか。だから、書かなかった。書くだけ時間の無駄だと思ったんです」

保健室の主は「なるほど」と頷いた。

「先生、目標という無意味なものは何故あるんですか」

保健室の主は赤い目を細めた。そして、少年に言い聞かせるようにゆっくりとした口調でこう語った。

「同調圧力に慣れるためさ。分かりやすく言うとそうだな、大人になって社会に馴染むための練習だ。自分にとって無価値なものであっても周りが『価値あるもの』だというのなら価値あるものとして扱わなければならない。何故なら、社会に生きる以上、従わなくてはいけない暗黙のルールだからだ。少年よ、いつの時代でも数は多い方に習うに越したことはない。不服だろうが書くべきだろう。それは学生である君の義務だ。反発したところでまた頬を叩かれるだけだろうしな」

少年は大きなガーゼを貼られた頬を摩りながら、保健室の主に問いかける。

「ちなみに先生だったらどうしますか」

少年の問いに保健室の主は欠伸をし、半目になりながら答えた。

「『いのちをだいじに』って書いて提出する。内容なんて適当でいいんだよ。出しさえすれば義務は果たされるんだからね」

少年はその答えに苦笑した。「先生は本当に面白いですね」と言う少年の顔を晴れ晴れとしていた。

#蛙噺

いいなと思ったら応援しよう!