子供の法律-Once we were children.-
この国には子供達が気に入らない大人がいたら多数決を取り、半数以上が死刑を望むならば死刑にするという法律があった。子供達は自分達が楽しく暮らすためにはこの法律は必要不可欠なものだと信じていたし、大人はそのことにたいして何も口出ししてこなかった。
だが、その法律に疑問を思った少年が一人いた。少年は不思議だった。どうして大人達は自分達が死刑にされるかもしれないのに何も言ってこないのか。
少年は最年長の大人に聞いてみた。その人はいつも顎に蓄えた白い髭を掻き、遠くの空を見上げながら公園のブランコにキコキコと揺られていた。
「貴方はこの法律をどう思いますか?」
老人はしゃがれた声で答えた。
「さあね。この老いぼれに分かるのはこの法律はなくならないってことさ」
「どういうことですか?」
少年の問いに、彼は目を細めて答えた。
「なんでだろうね」
次の日、老人はいなくなっていた。「ブランコを占領している迷惑な爺さんは死刑になりました」と、こども新聞には書いてあった。
✽✽✽
少年のクラスには担任の先生がいない。少年達の担任の先生は昨日「『静かにしなさい』を怒鳴り散らした」のが理由で死刑になったばっかりだった。
少年のクラスの授業は新しい先生が来るまで子供達が行ないます。頭のいい学級委員の子が授業を進めようとしますが、勉強をしたくない子供の方が多いのでみんなやりたい放題。学級委員の子は「静かにしなさい」と大声を張り上げた。
少年は、はっとした。
昨日死刑になった先生と学級委員の子の言動があまりにも重なっていたのだ。
少年は確信した。
大人でも子供でも、自分の思い通りにいかなければ腹立つものなのだ。
少年は誤解していた。
大人というのは子供とは違う、何処か別の生き物というわけではないのだ。
少年は老人の言葉と意味を含んだ笑みを思い出す。
少年は考えた。彼はいつから気付いていたのだろう。そして、少年はさらに考えた。大人たちがこの法律に口出しをしない理由を。
少年は推測した。
大人達は自分達が子供の時に、自分勝手を押し付けて死刑にしたことを後悔してるからではないかと。
少年は未来の自分に問いかけた。
「大人になった僕へ。この法律をどう思いますか?」
少年は未来の自分にだけ分かるように椅子にこっそりとメッセージを残した。
✽✽✽
二十歳を迎えた少年は自分の椅子を見つけると、その椅子に座って綺麗な字で手紙を書きだした。
「子供の頃の僕へ。君が満足するような答えはまだ見つかってないけれど、あの時のおじいさんの気持ちは分かるような気がするよ。あの後、何人もの大人が死刑になった。そして、今度は私達の番になった。自分達がやってきたことの重大さに気付く頃にはもう手遅れだった。この教室にはもう私しか残っていない。それはとても悲しいことだ」
青年は教室の机に一つずつ午時葵の花を一つずつ置いていった。そして、かつて青年が使っていた椅子と机があるところには花の代わりに白い封筒を置いた。
「この法律はなくならないだろうね。子供が大人を理解してくれるまでは。大人が子供の気持ちのままでいられない限りは」
最後の午時葵を胸ポケットにしまうと、青年は教室を背を向けて青い昼の空が見える廊下の奥へと消えていった。