居場所を失ったAのお話
夢を見た。胸糞悪い夢を見た。一ヶ月前に行方不明になったAの夢を見た。
一か月前、師走の忙しい時期にAからメッセージが一通届いた。「いってきます」とだけ書かれたメッセージだった。繁忙期ということもあり、「意味の分からないメッセージ送りやがって」と舌打ちをしたい気分になったが、一応「どした?」と送った。返事はなかった。
年が明け、三が日をゆっくりと過ごし、そろそろ仕事を頑張るかと思い始めた頃だった。Aがいなくなったことを知った。
Aと俺は友人だった。それなりに仲も良かったと思う。大人になり、仕事で忙しくて会うことが減り、俺が家庭を持つようになるとその距離はより大きくなった。仕方のないことだと思ったし、そういうものだろうと思っていた。
Aは善人というには心が弄れており、悪人というには意気地無しな奴だった。それでも好きなことをやっているAと一緒にいるのはまぁそれなりに楽しかったし、べつに嫌ではなかった。だが、Aは良くも悪くもどこまでも自由な奴だった。多数派に愛される人間ではないのは確かだ。だからいつかはきっと離れ離れになって、この関係もいつか消えていくのだろうなとは思ってはいた。
でもまさか、こんな形で終わるとは思ってもいなかった。
夢の中で、彼は「やあ」と声をかけてきた。俺が戸惑っていると「まあ座りなよ」と先程までなかったはずの椅子を指さした。俺が椅子に座ると、Aは「元気そうだね」と片方の口だけで笑った。
「お前はAなのか?」という俺の問いに答えることなく、Aは「居場所ってなんだと思う?」と問いかけてきた。
「使われなくなった玩具、必要のなくなったデータ、足が折れた野生の草食動物。どれも行く先は一緒だと気付いたんだ。そして、私が行くべき場所も分かってしまった。知らずに苦しみながらももがき続けられれば違ったんだろうけど、残念ながら私はそこまで馬鹿になれなかったよ」
Aは流暢に喋る。Aは話し方はもっとこう吃った感じではなかっただろうか? 待て、最近Aと話したのはいったいいつだっただろうか?
「分かっている。私の居場所がなくなったのは君のせいではない。君は私に何もしていない。でも、私は同時にこう思っているんだ。『何もしていない』というのが、はたして良かったことなのか。ずっと昔、クラスでいじめが会った時に先生が言っていたよ。傍観者も罪になり得るって。今思えば、先生も傍観者の一人だよね。ほんと、可笑しいことを言うよね。結局のところ、自分が可愛いんだ。君も、私も」
Aはオーバーリアクションを話をする。Aは俯きながら自嘲気味に笑うやつじゃなかっただろうか? 待て、最近Aと会ったのはいったいいつだっただろうか?
「本当は話すつもりなんかなかったんだ。でも、今夜は気分が良いんだ。廃棄物を吸わせて咳き込ませるくらいさせても寛大な神様は怒らないだろう?」
「お前はいったいなにがしたいんだ?」という俺の問いに、初めてAは答えた。Aは片側だけで笑う。
「さてなんだろうね」
夢を見た。忘れたくても忘れられない夢を見た。二年近く会っていないAの夢を見た。
Aの行方は未だに誰も分かっていない。