黒い壁
黒い壁がありました。
壁には黒いみみずがあらゆる方向に絡み合ったものが隙間一つ残すことなく並んでいました。
それはとてもとても古い壁でした。
それを見た少年は母親に訊きました。
「あれはなに?」
少年の母親は答えました。
「お母さんにも分からないわ。きっと大昔に貴方ぐらいの歳の子が描いた落書きね」
少年は納得しました。
少し賢くなった気がして少年は鼻を掻きました。
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ある日、二人の旅人が訪れました。
旅人達は少年に「黒い壁」が何処にあるかを訊きました。
少年は「案内しますよ」と返します。
旅人は礼を言うと、今度は少年が尋ねます。
「あの落書きの壁をどうして見たいの?」
一人の旅人がその言葉を聞き、顔を真っ赤にして少年に殴りかかろうとしましたが、もう一人の旅人に抑えられ、地団駄をしながら険しい目で少年に威嚇をしました。
取り押さえたもう一人の旅人が、先程怒り狂った旅人を見て呆然としている少年に言いました。
「それはね、見る価値があるからだよ」
少年は「変なの」と思いましたが、彼らに言ってはいけないことだと思い、「そうなんだ」とだけ返しました。
黒い壁を目の前にした旅人達は物々と何かを呟きました。
そして、突然泣き出しました。
一人の旅人は大声をあげて泣き、もう一人の旅人は静かに涙を流しました。
「こんな素晴らしい小説は初めて読んだ。まさにあの方の最高傑作作品だ!」
「此処まで来るだけの価値があった、亡くなったのが惜しい!」
二人はとある国の小説家の最高傑作を褒め讃えました。
少年は後ろで彼らを見ていましたが、彼らがなんで泣いているのか理解出来ませんでした。
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大人になった少年は立派な青年になりました。
そして、目の前にある黒い壁を見て、あの頃見た不思議な旅人を思い出しました。
「お父さん、あの黒い壁はなぁに?」
青年の娘は言いました。
青年は答えました。
「お父さんにも分からないんだ」