B to B ITの代理店はなぜ売れないのか
どんなに素晴らしいプロダクトやサービスがあっても売れなければ意味がありません。それらはユーザーに使われ、その対価を得ることで「価値」に変換されます。ただし、プロダクトを作ることと、それを売ることは全く別のスキルセットとマインドセットが必要とされます。
B to Bにおいてプロダクトを売るには、理論上下記2つしかありません。
(1) メーカー(英語だとVendor)がそのプロダクトを使用する顧客に販売する直接販売
(2) メーカーが代理店であるSIerなどに販売し、代理店が顧客に販売する代理店販売 ※間接販売、チャネル販売など呼び方は様々
なぜ代理店を使うのか
ITプロダクトの本場アメリカでは直接販売が主流、日本では代理店販売が主流だと言われます。その理由は諸説ありますが、少なくとも日本においては中間チャネルであるSIerの力が強いのは間違いありません。(実はヨーロッパや中国やインドでもSIerはメジャーな存在なのですが一旦日米だけの話にさせて頂きます)
ここで日本の特殊性を挙げるとすれば、日本は正社員の雇用規制が非常に厳しいので大きなプロジェクトがはじまるときに技術者を正社員採用、終わったらお辞め頂くということができません。それであれば外注だという素直な話です。雇用の流動性や自由度が高いアメリカとはこの辺りが大きく異なります。
ITのアウトソーシングというのはシステム開発だけに留まりません。サーバー・PC・セキュリティ・IaaSなどの多様なプロダクトを購入するには保守サポートやインストールをしないといけません。SIerはそういった部分を一手に引き受けるという仕事も担っており、それがシステムインテグレーションに含まれるサービス形態として「ネットワークインテグレーション」「サーバーインテグレーション」「クラウドインテグレーション」などと呼ばれます。
そして、これが前述の「代理店」でもあります。代理店というのはただ代理販売するだけではなく、代理販売する製品の構築やサポートをするから価値が出るわけです。
もう1つ付け加えるならば、多くのB to B IT製品はアメリカ産であり、日本でそれを使うには輸入しないといけません。大手のアメリカメーカーであれば日本法人がありますが、SIerが輸入商社としての機能も担っている場合もあります。
前述の理由でITにまつわる仕事を外注することが多い日本企業は、開発だけでなくこういったドメインにおいてもSIerが登場するのです。
なぜ代理店は動かないのか
直接販売だけやってきた営業経験者や、営業をやってことがない人には殊更代理店制度は魅力的に映るようです。なにせ自分たちが足を運ばなくても案件を創出してくれるのです。
ところが代理店契約を締結してやったぞーと思ったら、ちっとも案件が出てこない。というかその方が普通です。会社対会社の代理店契約と、顧客を持つ代理店の営業担当者たちが「真剣に」そのプロダクトを顧客に紹介してくれるかどうかは全く別の話だからです。
第一に、IT製品というのは根本的に難しいものだからです。慣れ親しんだ何年間も取り扱っている慣れたプロダクトであればまだしも、まったく新しいものを一から覚えて顧客と質疑応答できるようになるにはしっかり勉強したり失敗しながら学んでいく必要があるのです。
世の中のIT営業はそんな面倒くさいことはしたくないので、顧客が提案依頼するとか上司からこれやりなさいと命令されたとかそういうことがないとなかなか実稼働に至りません。
第二に、それが儲かるのかどうか=売上予算達成に貢献してくれるのか分からないのです。儲からないかもしれないものに時間を費やすのはリスクでしかありません。ほかに安定的に売上を得られる既存製品があればそれを売りに行く方が普通です。他の営業や他社がそれをたくさん売っていれば「これは儲かりそうだから自分もお客さんに提案しよう」となりますし、そうでなければ目にも留まりません。
代理店の営業が一番知りたいのは「どうすれば、これ売れるの?」です。そんなの代理店の営業が考えるんじゃないかと思うかもしれませんが、そんなリスクを積極的に取ってくれる親切な人はそうそういません。中には新しいものだからちょっと真面目にやってみようかと動いてくれる人もいますが、2~3社に紹介してたいしていい反応を得られなければもういいやと諦めてしまうことは多いでしょう。
これは大きなジレンマで、そもそもそのプロダクトを売りたいから代理店を作ったのです。なのに肝心の代理店は「それが売れるのであれば売りに行くよ」「どうやって売ればいいのか教えてよ」というスタンスなわけです。典型的な鶏と卵問題です。
もちろん、代理店営業という制度自体が存在するわけですし、むしろそれが主流なのですから、対策はあります。
代理店営業の「鶏と卵」を打破する方法(1)ハイタッチセールス
まず1つはプロダクトローンチした初期フェーズにおいては代理店に頼らずメーカー自らがいくつかの顧客を獲得することです。直接販売でもいいでしょうし、案件クロージングの最後の最後で付き合いのある代理店を間に入れてあげるハイタッチ営業でもいいと思います。そうして実績を作るのが第一です。なぜならメーカーが売り方を学んで、それを代理店に教育してあげないといけないからです。教師たるメーカー自身がそのストーリーを知らないと生徒である代理店に何かを示すことはできません。
直接顧客に提案してクロージングするだけのパスや顧客基盤がないから代理店を作るのに、代理店を動かすには直接顧客に提案してクロージングするだけのパスや顧客基盤が必要になるのです。ダイレクトに営業をかける見込み顧客やそれを増やすリード獲得活動は、代理店営業を取る場合でも必須なのです。
代理店営業の「鶏と卵」を打破する方法(2)公開事例
その次のフェーズとしては顧客の社名入り導入事例です。あれこれ言葉でプロダクトのすばらしさを語るよりも、こういう顧客がこの製品を導入したという事実、そしてその理由が明確に書かれていること。これを超える営業ツールはこの世に存在しないと私は思っています。
※ 製品の性質や顧客の意向によっては名前出しNGの場合がありますが、ある代理店経由で販売した顧客の情報をその代理店内の勉強会・回覧資料に書いておくことは問題ありません。その情報を外部に出すのはNGです。
直接販売 or ハイタッチで実績を作る、それを事例にする、そこまでできたら代理店に攻勢をかける最低限の準備が整ったと言ってよいでしょう。逆にいえば、それがないうちに代理店に頼って売ろうとしてもだいたい失敗します。代理店は「なんで専門家のメーカーさんが売れないのにおれたちが売れるの?」と思うでしょう。事実、その通りなのです。メーカーは代理店に売れる道筋をストーリー仕立てで示さないといけないのです。そして顧客に導入に至る経緯をインタービューして作成された事例というのはもっとも信頼性が高いストーリーなのです。
地道に人に会って代理店を活性化させる
さて、ハイタッチ営業による導入実績と公開事例ができて、最低限の準備が整いました。代理店の組織構造を代理店営業を活性化させる一番の方法は、代理店内にいるたくさんの人に会うことだと思います。よくある間違いが代理店のマーケティング部とか企画部とかそういう人たちと話をしておけばよいと思ってしまうことです。
重要なのは、いかに潜在顧客にプロダクトを紹介して関心を引くことができるかどうかです。極論すると、顧客との接点がない人たちといくら会っても案件が出てきません。顧客を持つ営業、顧客に提案を行うSE、営業・SEに対して何か指示を出す権限を持っている企画やトップマネジメント。そういう人たちに地道に会い続ける必要があります。
代理店の内部構造(1)商品企画部門
相手がある程度大きいIT会社であれば、まずはじめに商品企画部門があなたのコンタクト先になるでしょう。仕入先との契約や仕入に必要な情報をまとめる役割を担います。一言でいえば事務的な人たちで、この部門としか対面していない場合、大きな売上は見込めないでしょう。
あくまで会社対会社の関係を作り、はじめの一歩を踏み出すための入り口という程度に考えておくのがよいと思います。よくも悪くとも、個別案件レベルではなく、もっと大きな枠組みを担当する人たちだと捉えましょう。
代理店の内部構造(2)マーケティング部門
EXPO出展やセミナー講演、キャンペーンといった販促寄りの施策を担当する部門です。純粋にプロモーションだけを担当するケースと、営業部門に対してある程度強い影響力を持っていて「こういう顧客、こういう要件にはこの製品をこう提案をしてみてください。」とか「社内勉強会するから営業部門の皆さん集まってください」とかコントロールを利かせているケースがあります。
後者の場合は心強い味方になりえますが、前者の場合はやはり事務的な人たちでしかありません。販促だけで売れるならば苦労はなく、案件創出してお金を稼ぐには実質的な営業活動に関わる人たちとの接点を持つ必要があります。
代理店の内部構造(3)営業部門ープロダクト営業
営業予算を持つ営業組織ですが、特定プロダクトを売ることにフォーカスしています。後述のアカウント営業経由で、アカウント営業が持つ顧客に担当プロダクトを売るという役割を持っています。企画やマーケティング部門と大きく異なるのは売上を上げる責任を持っているということで、目標達成するためのモチベーションを持っているという点です。半面、売れないプロダクトと見るや否やすぐにやる気を失ってしまうケースもあり得ます。
ある程度プロダクトの機能・事例を理解した上で営業活動する人たちであり、ここが味方になってくれれば、案件が出てくるかどうかはともかく、最低限の営業活動を行ってくれると期待できるでしょう。
これは大手IT企業グループ内の「グループ内ディストリビューター」にも同じことが言えます。(トップレベルのSIerは年間売上見込みが1億円を切るような小さい商売のために代理店契約を結ばないので、その子会社にあなたの会社のプロダクトを取扱いさせて、直接販売するSIerはそこから仕入れて販売するというスキームです。)
代理店の内部構造(4)営業部門ーアカウント営業
大手SIerの中でもっとも顧客に近く、具体的な顧客関係構築や提案活動にコミットする人たちです。アカウント営業が自発的にあなたの会社の製品を自発的に顧客に提案するようになったら、その代理店は既にオンボーディング達成しているでしょう。
金融営業部とかエンタープライズ営業部とか、顧客の業種や規模によって組織分けされている場合もあり、メーカーの立場からすると分かりやすくて良いです。アカウント営業はあなたの会社の商品を提案する相手=顧客を持っていますが、基本的に特定の製品を売るために創意工夫するという発想はありません。彼ら彼女らの視点は「顧客が求めるものを聞いて、それを提案する」です。とはいえ中には新しい製品・技術を学んで営業活動に活かそうとか良い商材・事例は社内啓蒙しようというモチベーションの高い人もおり、そういう人たちは心強い味方となりえます。
代理店の内部構造(5)SE部門
営業予算を持たず、営業同行して顧客に技術的な説明をするとかインストールをするという技術部門です。SE部門は意外と重要で、アカウント営業部門から「顧客からこういう要件を聞いたのだけど、提案できる製品ないか」という相談を受ける代理店内窓口である場合があるからです。
前述の通りアカウント営業という人たちは製品ディテールには興味がないため、ここをしっかりグリップしておくで案件創出に繋がるケースはあり得ます。
おわりに
どうやって代理店内のたくさんの人に会うのか、アナログに地道に「こういう人を消化してくれないか」とお願いするしかないと思います。そもそも代理店というのはアナログな存在であり、デジタルマーケティングだけで売れない性質のものだからこういうアナログな営業手法を取っているのです。(もっと言えば営業マン自体がアナログです)
「最近金融系の事例ができたんですけど、金融営業部の方ご紹介頂けないでしょうか」とかお願いするわけです。その会話をした人と親しい同僚が金融営業部にいればすぐ紹介してくれるかもしれません。いなければ「じゃあ興味があるか聞いてみるので、その事例含む資料ください」と言われるかもしれないです。そこから先に進めるかどうかは不明ですが、少なくともチャンスを増やすための活動であるとは言えるでしょう。
結局、代理店を使う営業も地道で泥臭い営業活動からは逃れられないのです。代理店営業は代理店主体でメーカーは代理店からの支援依頼に応えればいいだけだと思っている人には驚きかもしれませんが、それでいいならばその代理店を担当する「営業」が必要ないことになります。(テクニカルサポートや営業事務をつけておけば十分です)
直接販売をしないとしても「営業」がそこに付いてあなたの会社から給料をもらっている意味、期待される成果を得るためのプロセスは何なのか、そういうことを振り返る一助になれば幸いです。