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目を開けてお祈りを 第1話

【あらすじ】
中学校に進学したサナエは、礼拝中に、聖書をめくる牧師先生に恋をする。しかし接点は見つからず、進学校での学生生活はすぎてゆく。クラスメイトの女友達と将来のことでケンカしたり、塾の同級生の男子に恋心を寄せられる。けれど青春のすれ違いが、友情を引き裂いていく。牧師先生に話しかけても聖書の名言を引用したりして、手のひらで転がされるばかり。勉強にも集中できない。そんな叶わない想いを胸に少女から大人になる。句読点のあいだから讃美歌の聴こえてくるような青春物語。

声に恋したのは初めてだった。
百合みたいに真っ白で、壁を漆喰で塗ったチャペルでのこと。天井まで届く窓が左右に四つずつある。カーテンは深緑で上品だ。オルガンの音が澄んでいて、神聖な雰囲気ってこういうことなのかなとサナエは思った。

建物に入ったとき、上級生がピンクのバラを手に近づいた。にこっと笑うと、私の胸ポケットに花を挿す。甘い香りがふんわり漂った。胸に生花を刺すなんて初めてだ。歓迎されているのだと嬉しくなった。

制服の裾が長くて落ち着かない。背が伸びるでしょ?と、ジャストサイズのものは買ってもらえなかったから。反対に、ブラウスの一番上までぴっちり留めたボタンが息苦しい。ゆるめようと指をかける。

ふと見渡すと、まわりも制服のサイズ感がちぐはぐだ。なのにボタンを緩めている子はいなかった。私はボタンにかけた指をおろした。

新入生の表情は様々だ。期待と不安でいっぱいの子。ここにくるつもりは無かったのに、とでも言いたげな子。ソワソワあたりを見渡す子。ただ、みんな「ここにいる私は特別なんだ」という自信がにじみ出ていた。

椅子に置いてあった冊子を折り曲げたり、紙飛行機にしたり、パタパタさせて遊ぶなんてことをしない程度には、皆大人ぶっていたわけだ。

冊子には「入学礼拝」と書いてあった。目の前の舞台には見慣れない大人たちが座っている。みんなシャツにネクタイ姿だ。その端に、ひとりだけ真っ黒な服の人がいた。去年劇を観た時にいた黒服の怪人を思い出した。

ああ、この人が牧師なのだなと思った。

舞台上の先生たちは談笑しながら私たちを見回す。今年の生徒たちはちゃんとしてくれるだろうか、とでも言わんばかりに。ときどき牧師先生も談笑に加わった。他の先生が笑みを浮かべているのに、彼だけは真顔だった。

高い鼻、色素の薄い肌、自然な黒髪、大きな目。モテるんだろうな。でも、愛想が無くて何だか怖い。お高くとまっているのかしら、やだわ。と頭の中で勝手にウワサ話をする。

入学礼拝が始まった。校長先生の挨拶からかなと思いきや、讃美歌の歌詞が冊子には書かれていた。ゆっくりとして歌いやすい曲だけど「羊飼い」とか慣れない言葉ばかり。曲の最後には「アーメン」なんて書いてある。少女たちがぎこちなく口ずさむなか、先生たちは大きな声で歌っていた。

校長先生の挨拶は、聖書の一説と共に始まった。

「しかし、主を待ち望む者は新たに力を得た」 イザヤ書 四〇章 三一節

「皆さんご入学おめでとうございます。この聖書の箇所を選んだのは…」

と話は進んでいくが、小難しくてピンとこない。周りの秀才たちには分かっているのだろうか。あたりを盗み見るも、皆の賢そうな顔つきに余計緊張するだけだった。

話も頭に入らないので、購入していた聖書をパラパラとめくる。中学生の手でも持ちやすいサイズ。けれどその分、一文字ひと文字が文庫本以上に小さかった。

長い挨拶が終わり、牧師先生が立ち上がった。瞳が茶色や灰色に透き通る。生徒たちのとは違う、大きくて分厚い聖書を開き、手を組んでその上に乗せた。

「目を閉じて、お祈りをしましょう。天の父なる神さま…」

と目を閉じた。よく通る、びっくりするほど低い声だった。ゆっくり言葉を述べていく。無愛想な人だと思っていた私は、驚いてぼうっとしてしまった。声音に惹き込まれていく。

舞台に立つ先生や周りの少女は、彼にならって目を閉じた。
一同に祈りを捧げる。

けれど私は、

「目をつむるように促す彼の言葉に従うことは今後も無いのだろう」

と、前をまっすぐ見たまま手を組んだ。この景色を、きちんと覚えておきたかったから。

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ねね@ライター_作家
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