『ダンスの時間』サマーフェスティバル2008(27)お話の時間2/ビデオの時間
「ダンスの時間」レビュー Summer Festival 2008 第3週(1)
「お話の時間II」「ビデオの時間」
コンテンポラリー・ダンスは、と限らなくても、表現や芸術として自覚されている種類のダンスは、この社会でどの程度必要とされているのだろうか。ダンスの公演を観て、時々評論を書いているだけの時は、あまりそのような疑問を抱くことはなかったが、「ダンスの時間」という公演を主催する立場として関わるようになって、そのことについて暗く考える機会が増えた。お客さんはといえば、ダンサーと出演者の家族・友人・知人・生徒がほとんどで、広がりというものが見られない。ダンスを表現や芸術として享受する・楽しむ人など、どれほどいるのだろうか。……
飲み屋で交わす愚痴の類である。出演者には、チケットを売ってほしい。でも、出演者がそんなことに神経を使わなくても、ダンスだからというだけで、断るぐらいチケットが売れたらいいに決まっている。情報を写真入りで掲載してくれた「ぴあ」に感謝はしているが、「ぴあ」に載ったからといって来場者が増えるわけでもなかったようだ。以前兵庫県立芸術文化センターの担当の方から、東京だったら、当日券やプレイガイドの前売券のほうがたくさん売れると聞いたことがあるが、「ダンスの時間」では出演者の手売りがほとんどという状態。パフォーマンス・レベルが低いとは思わない。要するに必要とされていないのだろうか。…この手の話なら、いくらでも続けることができる。
サブプログラムと称していたが、「お話の時間II」と「ビデオの時間」を、平日の昼間に開催したのは、夏休みだから学生が来てくれたらいいなと思ったからだが、特に大学に向けたアプローチをしたわけでもなかったし、無理だった。しかし、それぞれ10名足らずの参加者だったとはいえ、かすかな手ごたえは感じている。
一つは、ダンスにまつわる言葉を流通させることには、大きな意味があるということを改めて確認できたこと。もう一つは、映像でダンスを見るのも悪くないということが実感できたこと。
「お話の時間II」では、第2週目までの公演を振り返って、参加者が観た公演をまずアンケートで確認して、写真をプロジェクターで映して思い出しながら、主にぼくがレビューを行った。出演者から宮北裕美さん、関典子さん、サイトウマコトさんが来てくれていたので、リハーサルや楽屋での裏話や苦心談も含めて、ざっくばらんな話もできた。どうせぼくが喋ることだから、辛辣な批判はしない(と思う)が、作品の大枠としての構成を再確認して、個々の動きの魅力を語ろうとした。
ゲストスピーカーの関さんには、あらかじめ隠れテーマとして、動くことと動かないことについて考えてみませんかと言っていたので、既にここでレビューしたようなことも含めて、関さんが「止まると死ぬ」とか、宮北さんが「これでも私としてはものすごくものすごく動いているつもりなんだけど」とか、素の感じでユーモアに包んだ話が聞けて、とても面白かった。ざっくばらんにダンサーの話が聞けたのは面白かったし、作品を観て数日後にその話をするというのは、いい経験だった。アフタートークだと直後なので生々しさがついて回って、いろいろと話しづらいこともあるが、日を置いている分、ダンサー自身も客観的な発言ができたのかもしれない。
続いて、関さんから、神楽坂die pratzeの「畳半畳」シリーズについての紹介があって、東京の小空間での一つの公演形態を垣間見ることができ、これまた面白かった。公演数もダンサーも多いからこそ、一味違う一ひねりしたコンセプトに基づく公演も可能なのだなとうらやましく思った。同じ条件を与えられるからこそ、出演者も戦略的な対応ができるし、そのことで新しいフェイズが見えてくることもあるだろう。
時折「ダンスの時間」のプログラミングに強い方向性やコンセプトがないことを指摘されることがあるが、一つには、あえて方向性を定めないことが方向性だと考えているので、そのとおりには違いない。付け加えれば、ぼくはプロデューサーやキュレーターと称する存在が実現できることに、それほど信を置いていない。美術館等でキュレーター等の存在のほうが目立つ展覧会企画があったとしても、ぼくが観るのは個々のタブローだ。作品を超えるキュレーションは、ないと思う。ただ、それによって新しいパースペクティブが現れることはある。アーティストや作品の配置に趣向を凝らすことで、個々の作品やダンスそのものの魅力が格段に増すことももちろんあるだろう。しかし現時点でぼくの立場では、逆の事態を防ぐことのほうに神経を払ったほうがいいと思っている。
多くの事象からある特性を抽出して分類したり整理して見せたりすることは、本当はそれだけで権力的なことなのだ。評論家がアーティストをカードのようにして自由に切り配り、自分の作った地図に配置して見せる鮮やかな手つき…その作業を行わなければ、時評は書けないし、マーケットを前提とした流行戦略を意識したムーヴメント形成はできない。これまで何人かの編集者に、関西のムーヴメントを作ってくださいなどとおだてられたことがあるが、申し訳ないが、それをぼくは自分の仕事だとは思っていない。書きやすさのために軽い整理を行うことはあるが、無理な分類で枝葉を落とすことはしたくない。ただ、圧倒的に強い作品を観たときには、徹底的に推す。このようなことの中から、ただ作品に向き合うための批評の眼や言葉が生まれてくるのではないかと期待している。
「ビデオの時間」は、阿倍野区民センターの小さな会議室とはいえ、壁一面に投影したのでかなり大きな画面となり、なかなかの迫力だった。公募や依頼で集まったDVDを3時間ほぼノンストップで上映したわけだが、出品者のうち中島諒(セレノグラフィカの公演を撮影)、Yangjah(ダンス)、管家雅味子(ダンス)の3人が出席してくれて、上映後には拍手もできたし、撮影時のことなど話してくれたのが、これまた面白かった。
つまり、上映会では絶対に成立しないインタラクティヴィティーが成立するビデオ上映会になったことが、非常によかったわけだ。手前味噌に言えば、マイケル・シューマッハーを迎えた今年の東京でのインプロヴィゼーション(提供=勝部ちこ、C.I.co)や関典子らの「犯情」など出品者がいない作品についても、知っている範囲のことはぼくがコメントすることができたのだが、何と言えばいいのだろうか、映像を通じてその作品へのリスペクトが生まれるという、貴重な感覚を経験することができたのは意義深かった。
もちろん時を追って撮影機器の性能が飛躍的に向上しているわけで、民生用のビデオカメラと、おそらくはパソコン上の簡単な編集ソフトで、よくもこれだけクオリティの高い映像が出来上がるものだと思うようなものもあったし、素朴なものもあった。しかし、撮影や編集の技術、コマ数や画面の精度などのクオリティが向上して、どんどん現実で見える姿に近づいても、可能性としての相互作用が存在するのと存在し得ないのとでは、作品への態度が根本的に異なってしまう。
20分程度の作品であっても、ライブでならたとえその一部分が退屈に思えても、その退屈さ自身を味わうこともできるが、映像ではちょっと難しい。だからどうしても編集作業を加えたものの方が見やすくはなる。選考会などで映像資料をたくさん見る機会があるが、やはりきちんと見せ場やクライマックスを中心に編集している映像のほうに好感を持つことは確かだ。また、できれば空間の使い方全体を見せる角度と、表情などの細部を見せるズームと両方あるとありがたいが、どちらかということであれば、アップよりはロングでパフォーマンスの中心を緩やかに追うものなら、少なくともマイナスにはならないと思う。今回のプロジェクト大山「てまえ悶絶」、新世界ゴールデンファイナンス「HARAKIRIハリウッド」は、公演をそのまま収録したものではあったが、両作品ともにテンポが速く、退屈しない種類の作品だったので、映像には向いているといえるだろう。
また、ダンス作品の中に映像を使うことについて、Nibroll「Romeo or Julliet」のようなある意味では嗜虐的なまでに身体を侵犯するような、徹底的な使い方を見ることができたのは面白かったし、これはライブでも見ていたのだが、ハイディ・S.ダーニング「Yurari」のようにダンス、映像、音楽(能管)が直立的な完成度を携えつつ一つの世界を組み上げるというありかたも、非常に興味深かった。Odorujou「JOUDANCE」は、2002年に制作されたもので、当時のロールプレイングゲームの手法を街頭と生身の身体で再現するようなもので、当時のゲームの感覚への懐しさのようなものも含め、面白いアプローチのもの。今年再制作が予定されているらしく、「新しいものもぜひ並べて見たい」という声が多かった。
それは資料として、プレゼン用データとしての有用度ということだろう。相互性やリスペクトといった、さらに広く曖昧なインタラクティヴィティーとかオーラとかいうことも含めてだが、映像というメディアがどのような可能性を持ちうるかということを考える、きっかけが与えられたように思っている。
ところで、「ダンスの時間」はいつも記録が二の次になってしまっているのだが、やはりきちんと映像記録を残しておかないといけないなと改めて痛感した。このサマーフェスでは、回によって、羽衣国際大学で放送芸術を学んでいる村上清身ゼミの学生の皆さんに撮影してもらえたり、出演者のスタッフに他の出演者の作品も撮影してもらったりしたが、アーカイブ化やYoutubeへのアップロードも含めて、蓄積と発信も考えていきたい。
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