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舞台遠見2 積み上げられた時間と花(2017年)

 能や歌舞伎の役者は、極端に言えば死ぬまで役者であり続ける。人形浄瑠璃では太夫の引退が相次いだが、それでも80代まで現役を続けてのことだ。

 それに対して宝塚歌劇の生徒(音楽学校の延長ということで、こう呼ばれる)は、だいたい入団後20年ぐらいまでには退団する。なぜか。

 毎年数十名の新入団員を受け入れる以上、毎年相応の人数がやめなければいけないということはある。しかしそんな運営上の必要よりも、舞台芸術として役者の「花」に対する意識が全く異なっているからではないか。

 世阿弥は少年期の華やかな美しさを「時分の花」と呼び、年取って「老木(おいき)になるまで」稀に散らずに残った花を「まことの花」と呼んだ。

 古典芸能の人たちが「まことの花」を目指していることは、間違いないだろう。では、宝塚歌劇ではどうか?

 宝塚歌劇団雪組のトップスターコンビ、17年目の男役・早霧せいなと8年目の娘役・咲妃みゆの退団公演『幕末太陽傳/Dramatic “S”!』が5月に宝塚大劇場で行われた。『幕末太陽傳』はフランキー堺の主演で1957年に公開された同名の映画(川島雄三監督)をもとにしたもの。一文無しのまま遊郭で大尽遊びに興じた主人公が「居残り」になって、番頭まがいの仕事を始め、数々の難題を解決するというコメディ。いわゆるかっこいい二枚目ではなく、機転の利いたお調子者を、早霧が巧みに演じ、女郎役の咲妃も帯がほどけ片袖が取れるほどの派手な喧嘩など思い切った演技が印象に残った。

 このコンビは、トップ在任期間は3年弱と短かったが、宝塚大劇場で上演の全5作が集客100%を超えるという新記録を打ち立てた。その上演5作もユニークで、『ルパン三世』『るろうに剣心』、そして現代アメリカの私立探偵、九州の小藩の気楽な次男坊から徳川吉宗の側近として苛烈な財政改革を担うことになる藩主まで、古今東西、悲劇から喜劇まで幅広い魅力をふりまいた。

 早霧は、上品なコメディセンスと迫真の演技力に定評があり、鮮やかな身体のキレ、姿の美しさ、華奢で小柄なのに熱血というひたむきさに魅力があった。

 彼女たちは、今まさに旬を迎えて満開の今、惜しまれて退団する。男役17年の「時分の花」が開き切り、次に咲くのを待っている花に座を譲るということになる。次期の雪組のトップスターは、ダイナミックな歌とシリアスな演技の深さに定評のある望海風斗だ。

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 では、退団後のタカラジェンヌは、どんな魅力を振りまきうるのだろうか。

 6月8日、西宮市フレンテホールで「マイソング・マイタカラヅカ」が開催された。宝塚歌劇100年以上の歴史の中で、50期生の但馬久美から88期生までの10人による、OGコンサートだ。

 退団後の年数も、在団年数も様々だ。数名の元男役にも、退団後結婚して母になった者もいる。ずっと芸能活動を続けている者もいる。但馬といえば、元参議院議員として記憶する人も多いだろう。

 彼女たちの舞台の姿を見ていて、やや失礼な言い方になるかもしれないが、現役生の早霧のような、若々しく瑞々しい美しさや華やかさとはまた異なる、蓄積されたものの奥のほうから輝くような光を感じた。但馬のシャンソン「帰り来ぬ青春」からは歳月というものが、それを経た者にだけ表現できる重い美しさと切なさが感じられたし、最近の人気ミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』から優ひかり「あなたを見つめると」と夏峰千「ひとかけらの勇気」、そして桐さと実「ヴィエント・デ・ブエノスアイレス」からは、現役生からは受け取ることが難しい深みとドラマを感じた。

 ここで触れることができたのは、時間や経験と共に積み上げられた「花」だ。世阿弥のいう「まことの花」に近づいているものであるのだろう。

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