下手くそな僕がFWになると決意した「CL決勝のインザーギのゴール」
小学生から社会人になるまでずっと続けていたサッカー。
高校では選手権の神奈川県予選でゴールも決め、決勝まで進むほど本気で打ち込んだ。
当時、僕の周りのみんなが憧れていたのは、メッシやロナウジーニョ、ネイマールやクリスティアーノ・ロナウドといった、ドリブルで何人もの選手を抜き去っていくテクニックを持った華やかな選手たち。
でも僕の中のヒーローは昔からずっと、そんな選手たちとは真逆で決して華やかとは言えない泥臭いストライカー、フィリッポ・インザーギ選手だった。
サッカーにあまり詳しくない方はご存知ないかもしれないが、イタリア代表として、そしてイタリアの強豪クラブであるACミランのFWとして長年にわたり活躍した選手で、どんな形であれ「とにかくゴールを決める」得点感覚をもった選手だ。
メッシのようにドリブルが上手いわけでもないし、クリスティアーノ・ロナウドのようにヘディングが強いわけでもない。かといって特別足が速いというわけでもない。
にもかかわらず彼は、当時ヨーロッパの大会での歴代最多得点記録をもつほど、誰よりも多くのゴールを決めていた。
そんなインザーギが06/07シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝で決めた「彼らしい」ゴールが、「下手くそな自分なんかが…」と悩んでいた僕にFWになる勇気をくれ、その後のサッカー人生を大きくかえてくれた。
きっと彼のプレーやゴールに対する考え方は、テクニックがないことに悩んでいる人たちにとっても大きなヒントになるはずだ。
FWをやりたいけど自信がない
中学2年生の5月。
レギュラーの3年生が夏に引退をしたら、誰がFWになるのか、サッカー部ではそろそろ考えはじめる時期だった。
僕は小学生からずっと、サイドバックかサイドハーフのポジションをやってきたが、ゴールというサッカーで一番嬉しい瞬間を味わえるFWというポジションに密かに憧れもあり、この機会にチャレンジしたい気持ちがあった。
しかし、僕はとにかく足元の技術がなくて、
ドリブルも苦手。
リフティングも10回もできずに落としてしまうこともよくあった。
そんな下手くそな自分には、とてもじゃないけど難しいかもしれないなと、中々一歩を踏み出す勇気が出せずにいた。
「シュートと同時にダッシュ」
FWをやるかどうか迷っていた時、
当時自分で作ったクラブチームの監督もしていたサッカー好きの父に、
「ドリブルやリフティングが下手くそでもFWってできるのかな?」
と何気なく相談をしてみた。すると、
「お父さんが大好きな選手のこと、お前にも教えてやるよ」
そういって渡されたのは、
「図解 オシムの練習」という本だった。
その本のあるページを開いて僕に、
「ここ、読んでみな」
と父が勧めたページ。
そのページには
「味方選手が放ったシュートと同時にゴールに向かってダッシュしろ」
と書かれていた。
味方のシュートがゴール前にもしこぼれたら、それを押し込んで得点になる可能性が高まるからだという。
ゴール前でこぼれたボールを押し込むことは、「ごっつぁんゴール」といわれ、簡単に決めることができるものだとよく思われている。僕も当時そう思っていた。しかし、
「カッコよくドリブルで相手をかわして決めたゴール」も「ごっつぁんゴール」も同じ1点。
そう本に書かれていたのを読んで、これまで華やかにゴールを決めなければと思っていた僕の価値観が、一気にひっくり返されたような感覚があった。
そしてその「ごっつぁんゴール」のために、「シュートと同時にダッシュ」をするプレーを最も得意とする選手として紹介されていたのが、フィリッポ・インザーギ選手だったのだ。
僕はこの本をきっかけにインザーギについてとても興味を持ち、とにかくなんでもいいから彼のプレーを観てみたいと思った。
すると偶然にも、父が毎年早起きして観戦しているCL決勝戦の対戦カードが、インザーギの所属するACミラン対リバプールだと知った。しかも試合の日はもうすぐ目の前。
僕は何か運命的なものを感じて、はじめて父と一緒にCL決勝をリアルタイムで観戦することにした。
インザーギがCL決勝戦で決めた忘れられないゴール
2007年5月27日。2006/07シーズンCL決勝がキックオフ。
テレビの前で僕は、インザーギのプレーだけを目で追おうと決めていた。
そして迎えた前半44分。
ゴール前でACミランが得たフリーキック。
キッカーはイタリア代表のアンドレア・ピルロ選手。
彼が一呼吸おいて蹴ったボールは見事にゴールに吸い込まれ、隣で父が大きな歓声をあげた。
しかし、そのシュートの軌道は何かがおかしかった。ゴールキーパーも完全に逆をつかれてしまった様子で、テレビの実況や解説も、隣で見ていた父も、何が起こったのだろうとリプレイ映像を待っていた。
でも、インザーギのプレーをずっと目で追っていた僕だけは気づいていた。
「インザーギが『シュートと同時にダッシュ』してボールに触れたんだ!!」
そう、インザーギはボールが蹴られるのと同時にゴールに向かって走り、ボールに身体をあててシュートコースをわずかに変え、ゴールを決めていたのだ!
まさか、このCL決勝という大事な舞台で、僕が観たかったプレーを早速ゴールという最高の形でみせてくれるなんて!
僕はこれまでサッカーで見たどのプレーよりも、このゴールに大きな衝撃と感動を覚えた。
僕はきっとその瞬間、FWになることを決意したんだと思う。
後半にも、ディフェンスラインの裏への抜け出しからこの日2点目を決め、ACミランを優勝に導いたインザーギはこの日、フィールドにいる他のどのテクニシャンたちよりも輝いていた。
下手くそでもゴールを決められる
その試合の後、学校でチームメイトに
「俺がFWをやりたい」と宣言した。
その日から、何度もインザーギのプレーを観てゴール前の動きを学び、試合中に「シュートと同時にダッシュ」を心がけることで、下手くそだった僕でもたくさんのゴールを決めることができた。
そして、今まで他のポジションでプレーしていた時には呼ばれたことのなかった地区の選抜にも選ばれて、その縁で高校も強豪校に進学。3年時の選手権でもゴールを決め、チームも県予選の決勝まで勝ち進むことができた。
まさにCL決勝でのインザーギのあのゴールが、僕のサッカー人生を大きくかえてくれたのだ。
僕はFWをやっていて、ドリブルシュートやミドルシュートなど、カッコいいゴールを決めた記憶がほとんどない。
僕が決めたゴールの多くが、味方のこぼれ球を押し込む「ごっつぁんゴール」だった。
よくチームメイトや監督から、こんなことを言われていた。
「なぜかいつもお前の前に最後、ボールがこぼれるんだよな」
この言葉は、僕にとって最高の褒め言葉だ。
その秘訣は何か、と聞かれたら迷わずこう答える。
「シュートと同時にダッシュ」
社会人になって友達とサッカーやフットサルをする今でも、インザーギのプレーが教えてくれたこの言葉を忘れることはない。
どんなに下手くそでも、テクニックががなくても、ドリブルができなくても、ほんの少し意識を変えるだけでゴールは決められる。
今サッカーのプレーで悩んでいる方がいたら、インザーギのゴールを観ればきっと何かを変えるために一歩を踏み出す勇気が湧いてくるはずだ。
中学生の頃の僕が、FWになる勇気をもらったように。