近頃は大変に交通というものが便利になりまして、ちょっと遠出しようと思うと新幹線や飛行機、今はリニアなんてものが開発されておりまして、どんどんどんどん時間と言うものが短縮されて世の中逆に狭くなっていってしまう。旅の趣なんてものが無くなっていきます。
昔は初めてネオサイタマからキョートまでの間にシンカンセンが通ったときにはネオサイタマ市民が随分驚いたそうで、
とまぁ、くだらないことを感心していたそうで。
その前はと言うと、旅はもちろん歩いて旅をする。乗り物が無いわけじゃあございません。
サイバー馬に乗る、あるいはリキシャーや神輿、つまり駕籠なんというようなものに乗っていたそうです。
その時分の旅人に嫌がられた者はというと、雲助(くもすけ)に護摩の灰(ごまのはい)。護摩の灰と言うのは、「この旅人は金があるだろうな」なんて狙いをつけて、その人の路銀を狙う。
どこまでもどこまでもしつこく後をつけて、ちょっと隙を見せると金をそっくり持ってどっかへ行ってしまう。しつこくて嫌なやつのことを「あいつはまるで護摩の灰みたいなやつだね」と、これは大変嫌がられた。
もう一つ嫌がられたのはと言うと、雲助。リキシャーの客引き、昔では駕籠かきと言ったんだそうです。
皆がみんなそういうわけじゃあ無いんでしょうけれども、中には随分たちの悪いのがおりまして、ご婦人の一人旅だなんていうと無理に駕籠を勧める。もう断りきれない。
仕方がないから、「それじゃあ、あそこの所までお願いしましょう。」ってんで駕籠に乗ると、言った所とはまるで違う、山の中へどんどん入って行ってしまう。で、ひと気の無いところへ連れてくと、
こいつのほうがよっぽど太いんですがね。
皆でイタズラをした挙句に、オイランサービスへ売り飛ばしてしまうというような、ごく質の悪いのが多かったそうで、その時分は大変に駕籠かきというのは嫌がられた。
その時分のお話で、スノマ・ストリート。
今、丁度日が暮れかかってきて、旅人が足を早めて宿場に急いで入ってくる。一日のうちで一番賑わう時だそうです。
その街道の真ん中を年頃25, 6、キリストのようにやつれた顔に、鉛色に濁った眼で、いつヒゲを剃ったんだか分からないぐらいに顔中ヒゲだらけ。
髪の毛なんぞもすっかり伸びてしまって波打ったカールした髪が肩まで届いている。
で、着ている物はと見ると、長いこと着っぱなしと見える色褪せたケブラートレンチコート、中に「ブッダが大好き」 と書かれた薄汚いTシャツを着た、ごく粗末な格好。
えばって街道の真ん中を歩いているんですが、
宿屋に入り2階の街道沿いの部屋へ案内されまして、
スシを持ってこさせると、これをグァーっと平らげてしまう。
朝にタマゴ、昼にマグロ、晩にマグ・・・いや、タマゴを日に30巻と食べてこのお客が七日も経つんですが、どこにも出かけようという気配がございません。
おかみさんにせっつかれて、不承不承に2階に向かう宿屋の主人ですが、朝起こしたはずのサイゼンがまた寝ております。
しょうがないので宿屋の主人が一つ咳払いをして、
体を揺すられてようやく起きたサイゼンがあくびをしながら起きてきます。
宿屋の主人、絶句。
痩せてた顔はスシをたらふく食べたおかげで張りが出ておりまして、威圧的なシャウトがなかなかに怖い。
絵のことになると人が変わったかのような圧力に宿屋の主人が負けてTシャツをサイゼンに渡します。
愚痴を言いながら主人がしぶしぶ硯を持ってきます。
持ってきた硯にしぶしぶ水を入れ直して持ってくる宿屋の主人。
勢いがあまりに怖いので宿屋の主人が墨を擦り始めます。
筆に墨を含ませて暫くの間Tシャツを 見て じーっと考えておりましたが、ツツツツツツツツツーっと描き上げた。
描き上がったと言われて見たTシャツをみて驚いた宿屋の主人。絵が描いてあるように見えません。
主人が墨絵のニンジャアトモスフィアにやられて放心してしまう。
宿屋の主人が放心から戻ってまいりまして、部屋の後片付けをしておりますと、かみさんから声がかかります。
かみさんのほうは不貞腐れて寝てまう。亭主一人じゃあどうにもならないというんで、その日は早くに表を締めて寝てしまう。
明くる朝になって、いつまでも寝ているとまたかみさんに小言をくうと思うから、 早くに起きましてあっちこっち掃除を始めた。
2階へ上がってまいりまして昨日まで一文無しが泊まっていた座敷へ入ってきて、墨絵を描いて乾かしてあったTシャツを横目に見て、 雨戸をガラガラガラっと開けると目の前にニンジャ。
と! エキストラ=サンと対面する宿屋の主人の背中側から突如禍々しいカラテシャウトが響いた!
オジギ終了後コンマ02秒後にはニンジャスレイヤーが エキストラの首を刎ねる決断的チョップ!
ニンジャスレイヤーは2階の窓からエキストラの体を空高く放り投げた!
驚いたのは宿屋の主人、アイエエエ!と情けない声で騒いでおりますところに、漆黒のニンジャが出てきたかと思うと最初のニンジャを爆発四散させ、残った漆黒のニンジャはザンシンの後にTシャツへ歩いて行きます。
Tシャツを見やると描いてあった中のニンジャがおりません。ほとんど放心状態でそのまま見ていると、Tシャツの前に立ったニンジャがスッとTシャツの中へ消えた。
これを見て慌てた宿屋の主人。急いでかみさんを起こします。
まるで信じてくれない。
しょうがないから近所に言って皆に話をすると、
なんてことを言われて誰も信じてくれない。
それなら明日もう一度みんなでもって見てみましょうってんで、明くる朝みんな近所の人を先に集めといて、Tシャツ売りから宿代の形に貰った禍々しくも躍動感のある「忍」「殺」のプリントが施されたTシャツを宿屋の主人がニンジャ被りしまして、
と叫んだ!
ニンジャ動体視力を持つ方がいれば、その一瞬の内にTシャツの中から漆黒ニンジャが出てきて、宿屋の主人の背後に回ったことを確認できたでしょう。
ニンジャは無言のまま周りを見て、宿屋の主人がニンジャ被りに使った「忍」「殺」のプリントが施されたTシャツをもう一度見て、また白無地Tシャツの中へ戻った。
なるほどこれは嘘じゃない。本当だと理解した時には 近隣市民のほとんどはニンジャリアリティ・ショックを発症してしまっていますが、怖いもの見たさという言葉があるように、この評判がうわーっと広まる。旅人が旅先でもって色んな話をすると
なんてんで、スノマ・ストリートへ入ってくる旅人は他へは誰も泊まりません。バカばかりです。
旅人の耳に入るということはニンジャの耳にも入るわけで、ニンジャも朝に1日1人は来るようになってきて、来る度に墨絵のニンジャが一撃で爆発四散させる。
そんなわけで、皆このキゲキ屋へ、キゲキ屋へと来るんで、今まで暇で暇でしょうがなかったのが急に忙しくなってきた。
もうしまいにはニンジャのお宿なんて名前がついちゃって大変な評判です。
この評判をお聞きになって、時の都知事、サキハシ・ヒロがおいでになった。一目ご覧になって、
それはもう根が正直な人ですから、普通だったらポーンっと売っちゃうわけですが、
と言ってお帰りになった。
しばらく経ちまして、年頃65, 6と見えます人品の良いお年寄り。
只ならぬアトモスフィアでやって参りました。
無理に一間こしらえて、そこへこのお年寄りを案内する。
明くる朝になると、皆泊まっている客が一間に集まって、これからさぁニンジャが抜け出てカラテするのを見ようというのを待っている。
そこで宿の主に案内された、ご隠居がやって参りまして、
筆に墨を含ませてTシャツをじーっと見ております姿が只ならぬアトモスフィア。
それに呼応するようにスッとニンジャスレイヤーが出てきた。
その隙を狙ってツツツツツツーっと描き上げた。
ニンジャがTシャツに近づいていくと、スッとTシャツの中に入って鉄格子をニンジャ膂力で無理やり曲げて牢屋の中に入り、写真立てに飾られた写真をしばらく見つめてこちらへオジギすると、フートンの中へ入った。
これがまたうわーっと評判が広まりまして、二度目にサキハシ・ヒロ様がご覧になった時には千枚上がってコーベイン二千枚。大変なもんです。
夫婦でもって一生懸命待っております。
しばらくしまして、下ろし立てと見えますケブラーコートにPVCブーツ、長髪のカールしたやつれたキリストのような顔をしておりますが、力強い目をした男性が参りました。
トントントントンと2人で階段を上へ上がって参りまして、
と、サイゼンがTシャツに向かって手を合わせて拝み始めます。
あとがき
この噺は落語とニンジャを紹介する為に書いたものです。噺の元ネタは敬愛する三代目 古今亭志ん朝の「抜け雀」を文字起こしし、ニンジャスレイヤーの舞台に改変したものです。
なおニンジャスレイヤー登場人物の性格や舞台設定を若干変更している点があるし、キャラの口調に違和感があったりするが許して欲しい(そもそも使ったキャラのセリフが思いの外少なくて大変だった)
あと、志ん朝の喋りを聞いてもらえればわかりますが、本来語りは江戸弁(?)なので文章に起こした時に、ちょっとおかしなことになる部分があったので直したが、そこもちょっとおかしいかもしれない。
落語について
色々と書きましたが、私が言いたいのは、落語は噺家の腕で面白さがかなり変わるので、是非元ネタとなっている志ん朝の噺を聴いてください。その腕ワザマエ、ヤバイ級です。面白いと思ったら志ん朝の落語を聴きまくってください。
ニンジャについて
この噺に登場するニンジャとは、忍者ではなく、ツイッター上で連載されているサイバーパンク小説のニンジャスレイヤーに登場する半神的存在のことです。
ツイッターをしていたりネットサーフィンをしていて「アイエエエ!」なんて言葉を見たことありませんか?アレです。
基本的にニンジャが出てきてニンジャを殺すのですが、珍妙な言葉使いや設定がまるでコメディを見ているかのようなのに、そこに至るまでの重厚な人間模様、ありとあらゆる箇所に張られた伏線と回収があり、間違いなく彼らのシリアスな物語が描かれています。
はじめは変なコトダマ一覧を読んで笑ってみるのも良いでしょう。
ニンジャスレイヤー Wiki* コトダマ(あ行~な行)
興味が湧いたなら、どれか一つでもいいのでストーリーを読んでみて欲しい。
ニンジャスレイヤーを読んでみたいけど、どれから読み始めればいいのか分からないあなたへ
私のおすすめは、話を跨ぐ伏線や予備知識が一切必要ないコレです。
ニンジャスレイヤー Wiki* 「ニンジャ・サルベイション」
登場人物の設定
- シガキ・サイゼン(主人公)
ニンジャパラレルワールドの住人。腕を失っておらずテングな設定。
登場する話は「レイジ・アゲンスト・トーフ」(Rage Against Tofu)
- 宿屋の主人
野球帽をかぶってても良い気がすると思いながら台詞を直したが非ニンジャ。
客商売をしている為、口調にとても困ったキャラ。
- 宿屋の女将
宿屋の主人の知り合いと不倫してても良い気がすると思いながら台詞を直した。
- シガキ・サイリョウ(墨絵師の師匠設定)
ニンジャスレイヤーには登場しない架空の人物。シガキ・サイゼンの父。
ニンジャではないと自称するがニンジャに動じずニンジャソウルにまで言及する謎めいた老人。キョート在住。
- マナブとスゴイヘッド
Tシャツを売った無一文ズ。
- サキハシ・ヒロ
ニンジャパラレルワールドの住人。都知事というお金のありそうで比較的無害そうなモータルを借りてきて登場させた。
- ニンジャスレイヤー(衝立から抜け出る雀役)
ニンジャを殺す
- エキストラ=サン(敵ニンジャ役)
死ぬ
- その他
通貨価値は落語的観点とニンジャ的観点からニンジャ側の物価等を無視してコーベイン〇〇枚に統一。
履歴
2017/02/27
・誤字脱字を修正
2017/02/28
・ニンジャスレイヤーとサツバツナイトが混同されていたのでニンジャスレイヤーに統一します(漆黒ニンジャと書いたが実際これは墨絵であり問題はない)
・チョップ時のシャウトがなかったのを修正
2024/11/17
・誤字と改行が抜けていたのを修正