kokonteisfのコピー

抜けニンジャ

近頃は大変に交通というものが便利になりまして、ちょっと遠出しようと思うと新幹線や飛行機、今はリニアなんてものが開発されておりまして、どんどんどんどん時間と言うものが短縮されて世の中逆に狭くなっていってしまう。旅の趣なんてものが無くなっていきます。

昔は初めてネオサイタマからキョートまでの間にシンカンセンが通ったときにはネオサイタマ市民が随分驚いたそうで、

ネオサイタマ市民A「お前シンカンセンに乗ったそうじゃねぇか。」

ネオサイタマ市民B「乗ったよ。」

ネオサイタマ市民A「どうだったぃ。」

ネオサイタマ市民B「どうだったってお前驚いた。ピーとかポーとか言いやがるとな、ひとりでにガッタンなんて走りやがんだよ。」

ネオサイタマ市民A「へー、ひょうきんな野郎だな。」

ネオサイタマ市民B「そりゃお前走ってると色んなモノが飛んでくんだよ。木がピュッと飛んできたりな、柱がピュッと飛んできたりよ、しまいにはお前、家や山まで飛んで来んだぁ!」

ネオサイタマ市民A「危ねえなぁ!」

ネオサイタマ市民B「だけどまたそいつをうまく避けらぁ!」

とまぁ、くだらないことを感心していたそうで。

その前はと言うと、旅はもちろん歩いて旅をする。乗り物が無いわけじゃあございません。

サイバー馬に乗る、あるいはリキシャーや神輿、つまり駕籠なんというようなものに乗っていたそうです。

その時分の旅人に嫌がられた者はというと、雲助(くもすけ)に護摩の灰(ごまのはい)。護摩の灰と言うのは、「この旅人は金があるだろうな」なんて狙いをつけて、その人の路銀を狙う。

どこまでもどこまでもしつこく後をつけて、ちょっと隙を見せると金をそっくり持ってどっかへ行ってしまう。しつこくて嫌なやつのことを「あいつはまるで護摩の灰みたいなやつだね」と、これは大変嫌がられた。

もう一つ嫌がられたのはと言うと、雲助。リキシャーの客引き、昔では駕籠かきと言ったんだそうです。

皆がみんなそういうわけじゃあ無いんでしょうけれども、中には随分たちの悪いのがおりまして、ご婦人の一人旅だなんていうと無理に駕籠を勧める。もう断りきれない。

仕方がないから、「それじゃあ、あそこの所までお願いしましょう。」ってんで駕籠に乗ると、言った所とはまるで違う、山の中へどんどん入って行ってしまう。で、ひと気の無いところへ連れてくと、

クローン駕籠かきヤクザ「ザッケンナコラー太いアマ!降りろコラー!」

こいつのほうがよっぽど太いんですがね。

皆でイタズラをした挙句に、オイランサービスへ売り飛ばしてしまうというような、ごく質の悪いのが多かったそうで、その時分は大変に駕籠かきというのは嫌がられた。


その時分のお話で、スノマ・ストリート。

今、丁度日が暮れかかってきて、旅人が足を早めて宿場に急いで入ってくる。一日のうちで一番賑わう時だそうです。

その街道の真ん中を年頃25, 6、キリストのようにやつれた顔に、鉛色に濁った眼で、いつヒゲを剃ったんだか分からないぐらいに顔中ヒゲだらけ。
髪の毛なんぞもすっかり伸びてしまって波打ったカールした髪が肩まで届いている。

で、着ている物はと見ると、長いこと着っぱなしと見える色褪せたケブラートレンチコート、中に「ブッダが大好き」 と書かれた薄汚いTシャツを着た、ごく粗末な格好。

えばって街道の真ん中を歩いているんですが、

客引きA「えー、お泊りさんではございませんかな。」

サイゼン「なんだ?俺のことか?」

客引きA「いえ、そちらのお二人連れで。」

客引きB「えー、お泊りさんではございませ―」

サイゼン「どこかで呼んではくれないだろうか。商売というものは恐ろしいものだ。ひと目見て金が無いというのがわかるらしい・・・。泊まってしまえばこちらのものだが、なんとかならないだろうか。今夜もまた野宿かな・・・。野宿は嫌だな・・・。どこかで呼ばないものか・・・。」

宿屋の主人「えー、お泊りさんではございませんかな。」

サイゼン「お?俺のことか?」

宿屋の主人「えぇ、左様でございます。」

サイゼン「おぉ、なんだい?」

宿屋の主人「えー、お泊り頂きたいんで。」

サイゼン「おぉ、泊まってくれと言うのか。泊まってやってもいいが、あんたの宿はなんて名前なんだい?」

宿屋の主人「手前どもはキゲキ屋と申しましてな、このスノマ・ストリートの宿で1番、と言えなくもないんですが、まあ2番からはちょっと下がりまして、でも3よりは下がりますが、そんなこと言っても4よりは下がるんですが・・・」

サイゼン「随分下がるんだな・・・。」

宿屋の主人「ただ奉公人を置きませんで、アタクシと女房と2人で親切を旨として、商売をしておりますんで、どうぞ一つお泊り願いたいんですがな。」

サイゼン「おお、言うことが気に入った。泊まってやってもいいが俺はスシを食うが構わないか。」

宿屋の主人「ええ、結構でございますよ。」

サイゼン「ただの食べようではないぞ。タマゴとマグロを日に30巻と食べるがそれでも良いか。」

宿屋の主人「えぇ、結構でございます。日に30巻結構でございますな。 是非そう願いたいもんですな。」

サイゼン「そうか。あー、 それでは 内金にコーベイン(小判)5枚でも預けておこうか?」

宿屋の主人「いえいえ、そんなことをなさらずとも、お立ちの節にまとめていただければ結構でございますんで、よろしゅうございますよ。」

サイゼン「そうか、欲のない奴だな・・・。気に入った。もし居心地が良ければ連泊しよう。」

宿屋の主人「ありがとうございます。では、是非お泊りを願います。」

宿屋に入り2階の街道沿いの部屋へ案内されまして、

宿屋の主人「どうぞこちらへ入りくださいまし。えー、いかがでございましょう、こちらは。」

サイゼン「街道が見張らせて眺めがいいな。なんだ?風呂か?いや、今は良い。スシを持ってきてくれ。」


スシを持ってこさせると、これをグァーっと平らげてしまう。

朝にタマゴ、昼にマグロ、晩にマグ・・・いや、タマゴを日に30巻と食べてこのお客が七日も経つんですが、どこにも出かけようという気配がございません。

女将「ねぇちょいと。」

主人「えぇ?」

女将「なんだか変だと思わないかい?」

主人「なにが。」

女将「何がじゃないよ。あのお客だよ。」

主人「あの客?あの客ってどの?」

女将「どのって、うちには今一人しか泊まってないじゃないか!あのお客だよ!変だと思わないかい?」

主人「あのお客が?なんか変かい?」

女将「変じゃないかさぁ。毎日毎日スシを食べてさ、ね?二階で寝てばかりいるじゃないか!」

主人「んー別に変じゃないよそりゃあ。そりゃお前客がスシ食って宿の二階で寝てたってどうって事はないだろ。なぁ?スシ食って縁の下で寝てりゃ俺だって変だと思うよ?」

女将「何言ってんだよぉ。そうじゃないの!アタシの言うのはね、アンタの得意でまた一文無しをうちに引っ張り込んだんじゃないかと思ってさぁ・・・。」

主人「またそういう・・・。すぐそう言って疑うんだよ。あの人は一文無しなんかじゃないよ!」

女将「本当にお金があるのかね?」

主人「あるとも。『内金にコーベイン5枚も預けておこうか』ってこうおっしゃって、でお泊りになってんだ。」

女将「で、アンタ預かったのかい?」

主人「いや、お立ちの節にまとめていただければ結構ですって、こう断ったよ。」

女将「バカだねぇ。預かっとけばアタシだって安心できるのにさぁ。コーベイン?あの人が?いやー、アタシはそんなこと本当だとは思えないよ。ええ?コーベインを持っている形貌(なりかたち)じゃないよ。ね?荷物もなんにも無いしさ、着ているものだってひどいもんだよ?『ブッダが大好き』なんて書かれたシャツを墨だらけにして、ゲイのサディストのシャツって言うんだよアレは。あるわけ無いよアンタ。嘘。アレは一文無しだとアタシは思うよ!」

主人「そんな事は無いってんだよ!」

女将「じゃあアンタねえ、少しあの人から貰ってきておくれよ。」

主人「貰ってきてくれって、そりゃ貰いにくいよ。お立ちの節にまとめて頂ければいいって、そう言っちゃったんだから。」

女将「アタシが『貰ってこい』って言ったって言えばいいじゃないか。いいから行っとくれよ!」

主人「ヤダなぁそういうこと言うのは・・・わかったよ!行ってくるよ!」

おかみさんにせっつかれて、不承不承に2階に向かう宿屋の主人ですが、朝起こしたはずのサイゼンがまた寝ております。
しょうがないので宿屋の主人が一つ咳払いをして、

主人「おはようございます。 おはようございます。 えーお客様、お客様、お起き願いたいんですがな。おはようございます。」

体を揺すられてようやく起きたサイゼンがあくびをしながら起きてきます。

サイゼン「いや~よく寝てしまった。一旦起こされたことは覚えているが、またいい気持ちで寝てしまった。なんだ?スシを持ってきたのか?」

主人「いえ、スシではないんでございます。実はちょっとお話がございましてな。」

サイゼン「おお、そうか。」

主人「え~、あのね?アタクシはこんなことを申し上げたくないんですがな・・・。」

サイゼン「おぉ、では言わないほうが良いぞ。」

主人「い、いえ、ですけど、これは言わなきゃあならない。アタシじゃないんですよ。うちの女房が言いますのにはね、恥を話すようですが貧乏でございまして、スシ代の立替ができなくなりまして、スシ代としてコーベインを5枚ばかりお願いしたいんですがな。」

サイゼン「あぁ、そうか。スシ代をコーベイン5枚。よしわかった。5枚か?安いなそれは。コーベインで5枚が良いかクレジット素子で払うのが良いか?」

主人「ではめったに手にしたことが無いんで、コーベインで頂けますかな。」

サイゼン「コーベインか。いや、惜しいな。コーベインでは無い。」

主人「ああ、そうですか。結構ですよ。じゃあクレジット素子で頂きましょうかな。」

サイゼン「クレジット素子か。クレジット素子で5枚分。そりゃあ惜しい。クレジット素子もない。」

宿屋の主人、絶句。

主人「・・・え?ちょ、ちょっと待って下さいよ。コーベインで5枚無くて、クレジット素子でも・・・。」

サイゼン「無い。」

主人「じゃあなんですか?あなた一文無し?からっけつ?」

サイゼン「そうだ。」

主人「落ち着いてる場合じゃないよあーた。冗談言っちゃいけませんよアータ!冗談じゃないよ!!」

サイゼン「誰が冗談を言っている。カネが無いなどと言うことは、とても決まりが悪いことだ。正直に恥を忍んで無いと言っているのに、冗談にするやつがあるか!」

主人「えばってるね アータ 。何を言ってるんで⋯だって、あの、あの、あの、なんじゃあねえか。泊まるときに『コーベイン5枚でも預けておこうか』って、そういったじゃありませんか。」

サイゼン「いや、コーベインを預けておいて泊まったならば、さぞ気分が良いだろうと思ってな。」

主人「気分が良いだろうと思うことなんざどうだって構わねえんだよアータ!えぇ?本当にまたアタシが怒られるんだよ女房に!っとに冗談じゃねえなあ!なぜアタシが宿を勧めたときにアータ断らないんですよ!?」

サイゼン「断ろうとは思ったがな、あんたの方が泊まってくれ泊まってくれと言うんでな。」

主人「そりゃ泊まってくれって言われたからって、一文無しなんだって言ってくださればアタシの方だって⋯泊めはしませんけどもね?それはまた話がどうにかなるんですよ。どうすんの!?ねぇ!?日に30巻食べて7日だよ!?どうすんだよ アータ!?」

サイゼン「んー、俺もどうしようかと考えているんだが、なかなかいい考えが思い浮かばず困っていたところだ。何かいい考えはないだろうか?」

主人「自分で考えたらどうですよ。 アータ商売は一体なんです?」

サイゼン「俺か?俺は絵師だ。」

主人「絵師って言いますと?」

サイゼン「絵を書くんだ。」

主人「看板やなんかの?」

サイゼン「いいや、俺は墨絵師だ。」

主人「墨絵師・・・ああそうですか・・・大工さんなんかだったら、どっかそこらをちょっと直してってもらうとか色々と手はあるんですけどねぇ。絵描きさんじゃ弱りましたなあ。」

サイゼン「おお、いいことを言ってくれたな。俺もな、あんたのうちに宿代の形として何か絵を書き残そう。」

主人「いいえ、結構ですよ。名のある方の絵だったらお金になりますがね、 アータみたいな人の絵なんざ誰にも売れないんだから結構ですよ。」

サイゼン「そういうことを言わずに俺に描かせてくれ。」

主人「いいってんですよ。第一ね、描いていただくものが何にもありませんから。」

サイゼン「そんなこと言わずになにかあるだろう。なんでも構わない。墨を吸うならなんでもそこに描こう。なんでも良いぞ。何もないことはないだろう?⋯あ、では一つフスマに描くか?」

主人「いえ、結構ですよ。この間張り替えたばかりなんですから。まだその払いだって済んでないんですよ。あそこへなんか描かれちゃ困りますよ。あの方がいいんですから。」

サイゼン「そんなことを言わずどこでも良いから、何かに描かせなさい。おお、あそこに綺麗な白無地のTシャツがあるな。あれはどうした?」

主人「え?ああ・・・あれですか?あれはあのー、実はね、一月ばかり前にね、ネオサイタマのTシャツ売りが2人ばかり泊まったんです。ええ。これがまた一文無しなんですよ。ええ。よくうちは一文無しが泊まるんですよ。それでしょうがないんで、宿代の形に持ってたTシャツを何枚か貰ったんですよ。」

サイゼン「おぉ、そうか。それはちょうどいい。では俺がアレに絵を描いてやろう。」

主人「いえ、結構ですよ。あの白いまんまだと売れるんですがね、なんか描かれると売れなくなっちゃいますから。」

サイゼン「そんなことを言わずにな、俺の気が済まないからアレになにか描かせてくれ。アレをここに持ってきてくれ。ん?持って来い?おい、俺が静かに言っている内に持って来いコラー!」

痩せてた顔はスシをたらふく食べたおかげで張りが出ておりまして、威圧的なシャウトがなかなかに怖い。

主人「なんだよこの人は・・・脅かすことはねえじゃあねえか!」
サイゼン「早くなんでもいいからここに持ってこい。」

絵のことになると人が変わったかのような圧力に宿屋の主人が負けてTシャツをサイゼンに渡します。

サイゼン「真っ白だな。よし気に入った。これならば俺が描こう。あー、硯を持ってきてくれ。」
主人「なんだよあいつは。嫌にえばってんね・・・。」

愚痴を言いながら主人がしぶしぶ硯を持ってきます。

主人「へい、硯、持ってきましたよ。」

サイゼン「何故水を入れてこない。」

主人「え?」

サイゼン「何故水を入れてこない?」

主人「水? アータねえ、自分で言ったことはよく覚えておいて貰わなきゃ困りますよ!アータ硯を持って来いって、そういったんだよ?水を入れてこいとは言わなかったよ!?」

サイゼン「あんたはどうしてそうモノがわからん?"のみ"と言われたら金づち、"硯"と言われたらば黙っていても水を入れて持ってくるもんだ!早くしろコラー!」

持ってきた硯にしぶしぶ水を入れ直して持ってくる宿屋の主人。

主人「なんだいありゃあ・・・。一文無しなんて大概ペコペコしてるもんだよ・・・。えばってやがる・・・。へい、水入れてきましたよ。」

サイゼン「俺が今墨を出しておいた。その墨を擦りなさい。」

主人「え?」

サイゼン「墨を擦れというんだ。」

主人「冗談言っちゃいけませんよ。ええ?アータ勝手にやったらいいじゃありませんか。」

サイゼン「俺が、絵を描くんだから、アンタが、墨を擦るんだ!バカ!」

主人「バカだよどうせアタシは!だからお前さんみたいな一文無しを―」

サイゼン「なんでも良いから早くしろコラー!」

勢いがあまりに怖いので宿屋の主人が墨を擦り始めます。

主人「っとうにまあ、なんだいこの人は。冗談言っちゃいけないよ。自分を何だと思ってんだ・・・(sniff sniff * 2)、ほー、この墨は大層いい匂いがしますな。」

サイゼン「おお、どうやら鼻だけは人間らしいな。」

主人「何を言ってやがる本当に・・・へい、墨が擦れましたよ。」

サイゼン「そうか。さて何を描くかな。」

筆に墨を含ませて暫くの間Tシャツを 見て じーっと考えておりましたが、ツツツツツツツツツーっと描き上げた。

サイゼン「さあ、どうだ。いいだろう。」

主人「へい・・・」

描き上がったと言われて見たTシャツをみて驚いた宿屋の主人。絵が描いてあるように見えません。

主人「アータねえ、絵を描くって、そう言ったんだ。私もアータが絵を描くって言うから描かしたんだ。ね?墨で汚す・・・冗談言っちゃいけませんよ!馬鹿にするとアタシは怒るよ!?」

サイゼン「誰が墨で汚している。俺がここに絵を描いた。わからんか?」

主人「わからん・・・わからんかって?絵?これ。絵ですか?これ絵?・・・なにこれ?」

サイゼン「なに・・・お前の眉毛の下に2つ光っているのは何だ?」

主人「こりゃ目ですよ。」

サイゼン「何のために付いている。」

主人「これ、目で物を聞くってことはないんですよ?見るんですよ。」

サイゼン「見るんだったらよく見ろ。見てわからんような目だったら、くり抜いて後銀紙でも貼っておけ!」

主人「あーた人のモンだからそんな気楽なこと言って、わからないものを・・・なんだいその言い方!」

サイゼン「何を言っている、ただぼんやりと見ているだけではモノというものはわからない。なぜ心でモノを見ない。心でモノを見ればモノがわかる。よーく見てみろ。ここにニンジャが描いてある。」

主人「ニンジャ?冗談言っちゃいけない。こんなニンジャってのがあるかい、こんなニンジャが・・・どう見たって・・・ああ・・・アイエエエ!ニンジャ!アイエエエ!」

サイゼン「ニンジャがここに一人描いてある。これでコーベイン5枚の形だ。」

主人「アイエエエ・・・。」

主人が墨絵のニンジャアトモスフィアにやられて放心してしまう。

サイゼン「これはな、お前のうちの宿代の形として書き残していくものだ。火事などは仕方がないが、他人に売らないでくれよ。」

主人「アイエエエ・・・。」

サイゼン「俺はまた必ず戻ってくる。この絵は預けていくぞ。ではまた来るぞ。オタッシャデー。」

主人「アイエ?・・・な、なんだいあいつは・・・言いたいこと言って行っちゃったよ。またうるせぇよカカァが。弱ったねえどうも・・・。」

宿屋の主人が放心から戻ってまいりまして、部屋の後片付けをしておりますと、かみさんから声がかかります。

女将「ちょいと! ちょいと! 」

主人「へ?」

女将「へ?じゃないよ!コーベインを貰いに行ったっきりだろ?どうしたの?なんか大層えばって出ていったけど、貰ったのかい?」

主人「お前のが目がたけえや、一文無しだありゃあ。」

女将「しょうがないねぇホントに・・・。で、どういうことにしたの?話はどういうふうになったの!?」

主人「だから今話しをするよ!商売聞いたらな、絵師だって言うんだよ。絵を描かせろっていうんだよ。だから俺は‥いやいいって断ったよ!あんな人に書いてもらったってしょうがねえから。な?そしたらね、どうしても描かせろって言うんだよ。俺も断ったんだけどさ、怖い顔してカラテを構えるんだもの。この間のTシャツ売りが置いてった、あの白無地のTシャツにね、いやそれも断ったんだよ!なんか描かれると困るって。そしたらどうしても描くってんで、そんでスッと絵を描いて、『それは宿代の形だ。そのままにしておけ!』ってんで、それでツッと行っちゃったんだよ。また戻ってくるってそう言ってんだから、だから戻ってくるまで、待とう?」

女将「待てないよ!何を言ってんだい本当に!まーヤンナルネ。アタシが一生懸命切り詰めてやってんのにさ、アンタがそばからそうやって大きな穴開けるんだろう?だからもー、いくらやったってやる気が無くなっちゃうんだよ。もうイヤ!もうアタシャ、もう商売なんかする気はないよ。アンタ一人でやっとくれ。アタシはもう寝るから!」

かみさんのほうは不貞腐れて寝てまう。亭主一人じゃあどうにもならないというんで、その日は早くに表を締めて寝てしまう。

明くる朝になって、いつまでも寝ているとまたかみさんに小言をくうと思うから、 早くに起きましてあっちこっち掃除を始めた。

2階へ上がってまいりまして昨日まで一文無しが泊まっていた座敷へ入ってきて、墨絵を描いて乾かしてあったTシャツを横目に見て、 雨戸をガラガラガラっと開けると目の前にニンジャ。

エキストラ「ドーモ、エキストラです。」

主人「アイエエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!」

エキストラ「この宿からニンジャ痕跡を感じる。お前、ニンジャを匿ってはおるまいな。」

主人「アイエエエ!し、知りません!ニンジャなんて泊まってない!」

エキストラ「隠すと為にならんぞ。よかろう。俺がインタビューしてやる。」

と! エキストラ=サンと対面する宿屋の主人の背中側から突如禍々しいカラテシャウトが響いた!

ニンジャスレイヤー「Wasshoi!」

主人「アイエエエ!またニンジャ!ニンジャナンデ!?コワイ!」

ニンジャスレイヤー「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。」

エキストラ「ドーモ、エキストラです。」

主人「アイエエエ!アイエエエ!!」

オジギ終了後コンマ02秒後にはニンジャスレイヤーが エキストラの首を刎ねる決断的チョップ!

ニンジャスレイヤー「イヤーッ!」

ニンジャスレイヤーは2階の窓からエキストラの体を空高く放り投げた!

エキストラ「アバーッ!サヨナラ!」

驚いたのは宿屋の主人、アイエエエ!と情けない声で騒いでおりますところに、漆黒のニンジャが出てきたかと思うと最初のニンジャを爆発四散させ、残った漆黒のニンジャはザンシンの後にTシャツへ歩いて行きます。

Tシャツを見やると描いてあった中のニンジャがおりません。ほとんど放心状態でそのまま見ていると、Tシャツの前に立ったニンジャがスッとTシャツの中へ消えた。

これを見て慌てた宿屋の主人。急いでかみさんを起こします。

主人「おい!起きな! 起きな! 」

女将「なんだようるさい、なんだい。ヤダってんだいアタシは疲れてんだからさあ・・・。」

主人「そんなこと言ってる場合じゃ‥ちょっと起きてくれ、大変なんだ!」

女将「どうしたんだいうるさい・・・。」

主人「あのね、昨日まで泊まってた一文無し!あれが絵描かせてくれって言うから描かせてやったってそう言ったろ?ね?ニンジャの絵を描いて行ったんだ、実は。さっき雨戸をスッと開けたらな、窓から見たこともないニンジャがスッと部屋に入ってきたと思うと、もう一人座敷のほうからニンジャが出てきてニンジャを殺した後に、Tシャツの中へニンジャが消えてったんだよぉ!」

女将「起きてて寝ぼけるってえと承知しないよこの人は!そんなこと言って人を煙に巻こうたってそうはいくかい!何言ってんだよ。さっさと掃除しな!」

まるで信じてくれない。
しょうがないから近所に言って皆に話をすると、

市民「そんなバカな話はないよ。ニンジャは都市伝説だよ。早く顔をちゃんと洗いなよ。」

なんてことを言われて誰も信じてくれない。

それなら明日もう一度みんなでもって見てみましょうってんで、明くる朝みんな近所の人を先に集めといて、Tシャツ売りから宿代の形に貰った禍々しくも躍動感のある「忍」「殺」のプリントが施されたTシャツを宿屋の主人がニンジャ被りしまして、

主人「ニンポを使うぞ! ニンポを使うぞ! アーポウ!」

と叫んだ!

ニンジャ動体視力を持つ方がいれば、その一瞬の内にTシャツの中から漆黒ニンジャが出てきて、宿屋の主人の背後に回ったことを確認できたでしょう。

ニンジャスレイヤー「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。」

市民「アイエエエ!!」「ニンジャ!ニンジャナンデ!?」「コワイ!」「ゴボボー!」

主人「ど、ど、ど、ドーモ、カイダです。」

ニンジャスレイヤー「オヌシ、ニンジャではないな?」

主人「ハイ!ゴメンナサイ!」

ニンジャスレイヤー「・・・・・・。」

ニンジャは無言のまま周りを見て、宿屋の主人がニンジャ被りに使った「忍」「殺」のプリントが施されたTシャツをもう一度見て、また白無地Tシャツの中へ戻った。

なるほどこれは嘘じゃない。本当だと理解した時には 近隣市民のほとんどはニンジャリアリティ・ショックを発症してしまっていますが、怖いもの見たさという言葉があるように、この評判がうわーっと広まる。旅人が旅先でもって色んな話をすると

旅人「なんてウチ?キゲキ屋ってえの?あ、そう。じゃあおめえ、今夜スノマ・ストリートでそこへ泊まって見せてもらおうじゃねえか。」

なんてんで、スノマ・ストリートへ入ってくる旅人は他へは誰も泊まりません。バカばかりです。

旅人の耳に入るということはニンジャの耳にも入るわけで、ニンジャも朝に1日1人は来るようになってきて、来る度に墨絵のニンジャが一撃で爆発四散させる。

そんなわけで、皆このキゲキ屋へ、キゲキ屋へと来るんで、今まで暇で暇でしょうがなかったのが急に忙しくなってきた。
もうしまいにはニンジャのお宿なんて名前がついちゃって大変な評判です。

この評判をお聞きになって、時の都知事、サキハシ・ヒロがおいでになった。一目ご覧になって、

サキハシ「これは素晴らしい。私はコーベイン千枚で買いますよ。」

それはもう根が正直な人ですから、普通だったらポーンっと売っちゃうわけですが、

主人 「 実はこれを描きましたものが『類焼などは致し方がないが、他人に売ってはならん』と、こう申しておりましたのでお売りすることはできないのでございます。」

サキハシ「そうですか。その方が帰ってきたら事務所にご連絡を。」

と言ってお帰りになった。

主人「おい、大変だお前!ええ?あのTシャツな、サキハシ・ヒロ様がコーベイン千枚でお買上げくださるとよ。」

女将「ンマーそうかい?千枚?大したもんだねえ。あれ描いた人はやっぱりタツジンなんだねえ。アタシも、ひと目見た時どっか違うと思った。」

主人「何を良いやがんだよ、お前大層悪く言ってたよ。ゲイのサディストだって。」

女将「なんでもいいよ!とにかくあの人はオスシが好きなんだから、マグロとタマゴをどんどんどんどん食べさせて、で煽ててニンジャもらっちゃいなよ。ニンジャを貰っちゃえば、Tシャツはウチのもんなんだからね。そうすりゃコーベイン千枚で売れんだよ。千枚あればカチグミになれるんだから!いいかい?貰っちゃうんだよ!」

主人「わかったよ!」

しばらく経ちまして、年頃65, 6と見えます人品の良いお年寄り。

只ならぬアトモスフィアでやって参りました。

サイリョウ「許せよ。」

主人「へい、いらっしゃいまし。」

サイリョウ「Tシャツに描いてあるニンジャが抜け出るという話を聞いて参ったが一晩厄介になりたいがな。」

主人「さようでございますか。大層混み合っておりますが、何とかいたしましょう。」

無理に一間こしらえて、そこへこのお年寄りを案内する。

明くる朝になると、皆泊まっている客が一間に集まって、これからさぁニンジャが抜け出てカラテするのを見ようというのを待っている。

そこで宿の主に案内された、ご隠居がやって参りまして、

サイリョウ「許せ、許せよ。すまんの。ん?どれじゃ?」

主人「そこにございます。そのTシャツなんですがな。どうです?ご覧になられますか?」

サイリョウ「おぉ・・・あぁわかった。なるほど。」

主人「偉いもんですよ。同じニンジャだってね、ニンジャの真似をしたって出ていかねえんです。一回だけ出てきたんですがな、それ以降私が真似しても出てこねえんです。でもそれとは別に毎日うちへ別の邪悪なニンジャがやってきましてな。邪悪なニンジャがスッと近づきましょう?ニンジャが近づくと音もなく出てくる。ええ、こりゃあもう大変なもんですよ。で、爆発四散させてスッと戻ってきてピタッと中へ収まるんですからなあ。これを描いた人はタツジンですなあ!」

サイリョウ「んー・・・タツジンか。そうかな・・・ワシの目から見ると、まぁ、そうだのぉ。素人に毛の生えた様なもんじゃ。」

主人「⋯⋯アータねえ・・・このニンジャのおかげで、うちはこれだけ繁盛してるんですよ?ね?うちの宝みたいなもんですよ。それをそんなことを言われるのは面白くないですな。どうしてタツジンじゃないんです?よく言うじゃありませんか、『ここに書いてある虎はまるで生きているようだ』とか。ね?そういうこと言うでしょう?絵からツーっと出てっちゃうんだよ?ニンジャを殺して帰ってくるんだから生きてるんだコレ。ねえ?そりゃあタツジンじゃありませんか。」

サイリョウ「お前方はな、よく二言目にはタツジンということを申すがな、世の中にタツジンなどと申すものはそう無闇に居るものではないぞ。んん?よく上手の手から水が漏れるという例えがある。『あの人は上手い人だ。上手な人だ』と言われる人はかなり居るがな、そういう人にも抜かり過ちというものがある。タツジンはな、上手な上にも抜かり間違いがあってはならん。それで初めてタツジンじゃ。この絵にはな、間違い抜かりがあるからワシはタツジンだとは申さん。」

主人「へー。あぁそうですか。何が間違いがあるんです?おっしゃっていただきましょう。」

サイリョウ「この絵には『拠り所』が描いてない。」

主人「拠り所?ええ描いてありませんよ?いいじゃありませんか別に拠り所なんて描いてなくたって。ニンジャを描いたんですから、いいじゃありませんか。」

サイリョウ「なぜそうわからん。絵から抜け出るだけの力を与えてやったんだ。なぁ。表へ飛び出していくだけ力のあるニンジャだぞ?そのニンジャがな、あのように休むことも無く、いつまでもイクサばかりしていては、しまいに疲れてソウルに飲まれて死ぬぞ。」

主人「⋯⋯なるほどぉ・・・こりゃあ、理屈でございますな。へぇへぇ。」

サイリョウ「それだけの力を与えてやるつもりの力があるならば、なぜそこに休むところを描いてやらぬのか。そこまで行っておれば、これを描いたものはタツジンじゃ。それが無いからワシはタツジンだと申さん。」

主人「なるほど。おっしゃる通り。コレ、あのっどうなります、このままほっておくと、本当に死にますか?」

サイリョウ「うむ。死ぬぞ。」

主人「弱りましたな・・・コレ、なんとかあの、助かるという手はありませんかな。」

サイリョウ「ワシがここに拠り所を描いてやろうか?」

主人「えぇー・・・・・・・・・あのーお気持ちは大変にありがたいんですがな、ええ。だけどあのね、コレ実はサキハシ・ヒロ様が、このまんまでコーベイン千両で買ってくださると、こうおっしゃってる・・・ね?で、なんか描かれると売れなくなっちまう。」

サイリョウ「おぉ、そうか。無理には勧めん。ただ、このニンジャは死ぬぞ。」

主人「あぁー・・・弱りましたな・・・じゃああの・・・なんか一つちょこっと描いていただきましょうか。」

サイリョウ「なんでも良い。硯を持ってきなさい。」

主人「あ、そうですか。硯を。へい、持ってまいりました。」

サイリョウ「ん、そこに炭が出してある。それを擦んなさい。」

主人「あぁー・・・そうですか。絵を描く人はみんなそうですか。へい、わかりました。・・・あのね、あんまり大きくでなくて結構ですよ。えぇ。少しで結構でございますから。あのね、いけないなと思ったらチラッと切り取れるようにね、端の方にちょこっと描いていて頂ければ・・・。」

主人「(sniff sniff * 2)」

主人「大層この墨はいい匂いがしますな。」

サイリョウ「おぉ、どうやら鼻だけは人間らしいな。」

主人「えぇ、鼻の評判は大変に良いんですよ?どうも目の方の評判があんまり良くないんでね。へぇ、では一つ墨が擦れましたがな。」

筆に墨を含ませてTシャツをじーっと見ております姿が只ならぬアトモスフィア。

それに呼応するようにスッとニンジャスレイヤーが出てきた。
その隙を狙ってツツツツツツーっと描き上げた。

サイリョウ「さぁ、見なさい。」

主人「へぃ!どうも・・・あ、あ、アータ少しでいいってそう言ったんだ少しで!こんなTシャツいっぱいに書かれて・・・こりゃ一体なんです?」

サイリョウ「お前の眉毛の下に2つ光っているものは何だ。」

主人「・・・いや、そりゃそりゃわかってんですよ。くり抜いて銀紙でしょ?ね?見てわからない、いえ、あの、一生懸命見てんですけど、わからない。」

サイリョウ「ここに一部屋描いてある。中にフートンや雑貨も描いた。あそこへ戻ってきて必ず休むから待っていなさい。」

主人「部屋って言いますが、たいそう縦線が沢山描いてありますな。」

サイリョウ「これはな、初め家を描くつもりだったが、コヤツは牢屋に閉じ込めておかんと不味い気がしてな。牢屋を描いた。」

主人「あぁ!牢だ!ホントだ!牢屋の中にフートン。横に写真立てが飾ってありますな!あの中に入って休みますか?」

サイリョウ「うむ、休むぞ。」

ニンジャスレイヤー「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。そろそろ話しても良いか。」

サイリョウ「ドーモ、シガキ・サイリョウです。なんじゃ?ワシか?」

ニンジャスレイヤー「ニンジャが傍に居ながらその集中力とワザマエ・・・オヌシ、もしやニンジャなのでは・・・!」

サイリョウ「ニンジャ?ワシは墨絵師じゃ。ニンジャなんぞと一緒にするな!」

ニンジャスレイヤー「ヌウ・・・すまぬ。確かにニンジャソウルは感じられない・・・。それならば私は戻るとしよう。オタッシャデー。」

ニンジャがTシャツに近づいていくと、スッとTシャツの中に入って鉄格子をニンジャ膂力で無理やり曲げて牢屋の中に入り、写真立てに飾られた写真をしばらく見つめてこちらへオジギすると、フートンの中へ入った。

主人「あらーっ・・・なるほど!これで大丈夫ですか!?」

サイリョウ「これでニンジャは死なずに済んだ。」

主人「ありがとうございます!そうですか、へぃ恐れ入りました。」

サイリョウ「このニンジャを描いたものは年頃 25,6、キリストのようにやつれた顔で鉛色に濁った眼の男であろう。」

主人「へい、そう。仰るとおりでございます。」

サイリョウ「いつまでたっても絵心カラテに抜かりのあるやつだと、ワシが申していたと伝えておきなさい。」

主人「恐れ入りますがあなた様のお名前をもう一度・・・。」

サイリョウ「いや、名前はよい。この絵を見ればそれでわかる。」

主人「そうですか!へい、どうもありがとうございます!」

これがまたうわーっと評判が広まりまして、二度目にサキハシ・ヒロ様がご覧になった時には千枚上がってコーベイン二千枚。大変なもんです。

女将「二千枚かねぇ。早く帰ってきてくれるといいんだけどねえ。何してんだろうねえ。」

主人「本当だなぁ。」

夫婦でもって一生懸命待っております。

しばらくしまして、下ろし立てと見えますケブラーコートにPVCブーツ、長髪のカールしたやつれたキリストのような顔をしておりますが、力強い目をした男性が参りました。

サイゼン「ドーモ。」

主人「へい、ドーモ。いらっしゃいまし。えー・・・どちらさまで?」

サイゼン「忘れたか? 俺だ俺だ。アンタのうちに日に30巻スシを食べて七日も泊まっていた一文無しだ。」

主人「あなたでしたか!んまぁーこりゃあ立派になってまぁ、驚きましたなぁ!そうですか!待ってました!おーい!おい!おい!ちょっと、あの・・・あの一文・・・!・・・一文もお持ちでなかった方がお見えになった!さぁ、さぁ、どうぞ!どうぞ!お上がりになって!」

サイゼン「いや、なかなか来れずに済まなかった。早く来ようと思っていたが、なかなか思うようなことにならなくてな。変わりないか?そうか、それは良かった。ところでニンジャはどうだ?」

主人「あ!ニンジャ!達者でおります。ありがとうございました。アータ、タツジンなんですよ、ねぇ!あなたねえ、あの、泊まってるときに、そうおっしゃってくれりゃあ良いんですよ、こっちは知らないから大変に失礼なことを申したりなんかして・・・あいすいません。あのね、実はですな、あのニンジャをサキハシ・ヒロ様がご覧になりましてな、コーベイン千枚で買ってくださるとおっしゃてるんですよ。Tシャツごと。」

サイゼン「おぉ、そうか。それはよかったな。売ったのか?」

主人「いえ、売りません。だってアータ売っちゃいけないって、そう言ったでしょう?」

サイゼン「正直なやつだな・・・あのニンジャはアンタにやろう。」

主人「へ!?頂ける!?おい頂けるとよ!お礼を言いなさいお礼を!ありがとうございます。そうなりますと、実はコーベイン二千枚になるんですよ。」

サイゼン「なんだ?そこで千枚上がるというのは?」

主人「えぇ、実はね?今からあれ、15日ぐらい前だったかなあ?あのー、年頃65, 6になりますかねぇ、ご老人がいらっしゃいましてね、あの絵をごらんになって、この絵には抜かりがあるって、こうおっしゃったんですよ。」

サイゼン「そうか・・・あの絵に抜かりが・・・それで?」

主人「へぇ、拠り所が描いて無いって言うんです。」

サイゼン「拠り所・・・そうか・・・拠り所か、忘れていた・・・。確かに拠り所は描かなかった。それでどうした?」

主人「その方が拠り所を描いてくださって、今その中に元気でおりますよ!」

サイゼン「なに元気で居る?見せてくれ!」

トントントントンと2人で階段を上へ上がって参りまして、

主人「こちらでございます。」

サイゼン「なるほど・・・間違いはない・・・思った通りだ。長らくご無沙汰をしております。御不孝の談、ひらにご容赦のほど・・・。」

と、サイゼンがTシャツに向かって手を合わせて拝み始めます。

主人「ちょっと・・・アータ・・・およしなさいよアータ。やだよアータ。誰も居ないところでいきなりTシャツにオジギなんぞして。ねえ、気持ち悪いよアータ。えぇ?ど、どうしたの、どうしたんですか?」

サイゼン「この拠り所を描いてくだすった方はな、俺の父だ。」

主人「アータの親父さん!?なるほどね、タツジンの親父さんだけのことはありますなあ。アータどうしてあんな汚い格好でフラフラしてたんです?」

サイゼン「俺が墨絵の稽古をしなくてな、勘当をされていたが、この度この絵のことで勘当が解かれてキョートへ戻るところだ。」

主人「ははぁ、そうですか!なるほどねぇ、それは良かったぁ。アータ親孝行ですよ。そういうことで恩を返すのが一番の親孝行なんですよ?」

サイゼン「いや・・・俺は親不孝だ・・・。Tシャツを見ろ。親を籠描きにした・・・。」



あとがき

この噺は落語とニンジャを紹介する為に書いたものです。噺の元ネタは敬愛する三代目 古今亭志ん朝の「抜け雀」を文字起こしし、ニンジャスレイヤーの舞台に改変したものです。

なおニンジャスレイヤー登場人物の性格や舞台設定を若干変更している点があるし、キャラの口調に違和感があったりするが許して欲しい(そもそも使ったキャラのセリフが思いの外少なくて大変だった)

あと、志ん朝の喋りを聞いてもらえればわかりますが、本来語りは江戸弁(?)なので文章に起こした時に、ちょっとおかしなことになる部分があったので直したが、そこもちょっとおかしいかもしれない。

落語について

色々と書きましたが、私が言いたいのは、落語は噺家の腕で面白さがかなり変わるので、是非元ネタとなっている志ん朝の噺を聴いてください。その腕ワザマエ、ヤバイ級です。面白いと思ったら志ん朝の落語を聴きまくってください。


ニンジャについて

この噺に登場するニンジャとは、忍者ではなく、ツイッター上で連載されているサイバーパンク小説のニンジャスレイヤーに登場する半神的存在のことです。

ツイッターをしていたりネットサーフィンをしていて「アイエエエ!」なんて言葉を見たことありませんか?アレです。

基本的にニンジャが出てきてニンジャを殺すのですが、珍妙な言葉使いや設定がまるでコメディを見ているかのようなのに、そこに至るまでの重厚な人間模様、ありとあらゆる箇所に張られた伏線と回収があり、間違いなく彼らのシリアスな物語が描かれています。

はじめは変なコトダマ一覧を読んで笑ってみるのも良いでしょう。

ニンジャスレイヤー Wiki* コトダマ(あ行~な行)

興味が湧いたなら、どれか一つでもいいのでストーリーを読んでみて欲しい。

ニンジャスレイヤーを読んでみたいけど、どれから読み始めればいいのか分からないあなたへ

私のおすすめは、話を跨ぐ伏線や予備知識が一切必要ないコレです。

ニンジャスレイヤー Wiki* 「ニンジャ・サルベイション」


登場人物の設定

- シガキ・サイゼン(主人公)
 ニンジャパラレルワールドの住人。腕を失っておらずテングな設定。
 登場する話は「レイジ・アゲンスト・トーフ」(Rage Against Tofu)

- 宿屋の主人
 野球帽をかぶってても良い気がすると思いながら台詞を直したが非ニンジャ。
 客商売をしている為、口調にとても困ったキャラ。

- 宿屋の女将
 宿屋の主人の知り合いと不倫してても良い気がすると思いながら台詞を直した。

- シガキ・サイリョウ(墨絵師の師匠設定)
 ニンジャスレイヤーには登場しない架空の人物。シガキ・サイゼンの父。
 ニンジャではないと自称するがニンジャに動じずニンジャソウルにまで言及する謎めいた老人。キョート在住。

- マナブとスゴイヘッド
 Tシャツを売った無一文ズ。

- サキハシ・ヒロ
 ニンジャパラレルワールドの住人。都知事というお金のありそうで比較的無害そうなモータルを借りてきて登場させた。

- ニンジャスレイヤー(衝立から抜け出る雀役)
 ニンジャを殺す

- エキストラ=サン(敵ニンジャ役)
 死ぬ

- その他
 通貨価値は落語的観点とニンジャ的観点からニンジャ側の物価等を無視してコーベイン〇〇枚に統一。

履歴

2017/02/27
・誤字脱字を修正

2017/02/28
・ニンジャスレイヤーとサツバツナイトが混同されていたのでニンジャスレイヤーに統一します(漆黒ニンジャと書いたが実際これは墨絵であり問題はない)
・チョップ時のシャウトがなかったのを修正

2024/11/17
・誤字と改行が抜けていたのを修正

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