覚醒の話32 非組織型人間の道 (1028文字)
社会の中で生きていると、ある程度、協調の精神がないとやっていけない部分があるので、非組織型人間は苦を感じることが多い。
非組織型人間でも、一人一人はみな違い、感じ方もまた異なるので、耐える人、耐え切れずにいる人、色々いるかと思います。
もともと非組織型人間は、協調を強制させられることを極端に嫌い、それが原因で、孤立してしまいがちになるように思います。
そうした非組織型人間は、早い内から独立や自営の道に入るのが一番ですが、普通の会社員であり続ける場合、それなりの精神的負荷がかかり、ストレスを感じ、何とか救いを求めるようになります。
三十代の頃の私が正にそうでしたので、よくわかりますが、とても辛い時期がありました。
私はある業界団体の経理・総務の仕事をしていたのですが、会員をどこか地方の温泉地で接待するということがよくありました。
要するに「飲み食いの席」ということですが、私はこれがとても嫌いでした。
一次会は大勢の方々が参加する宴会場でやりますが、二次会・三次会ともなれば、その温泉地のホテル内のスナックやバーのような所で、コンパニオンなどの女性が入ってきての接待となり、そうした方々との交流も必要となります。
私はそれが苦手だったのです。
ただそういう理由で、それまで生計を維持していた仕事を辞めるというのも、社会人として恥ずかしいかな、という思いもあり、何とか凌いで頑張っていたのですが、上司との確執もあり、また、ある出来事をきっかけに、私は長らく勤めていたその会社を短絡的に辞めてしまったのです。
だから、もし、自分が非組織型人間だと悟ったら、なるべく早い段階で、自営・自立の道を模索し、そうした組織に属さないで生きていく道を見出すべきだと感じるのです。
好きでもないのに、お偉いさん方々と酒の席に同席し、関心もないコンパニオンさんたちに気の利いた言葉も言わなければならない仕事なんて、私にとっては、正に生き地獄のようなものでした。
当時は、「これも人間修行の一つかな」と何とか自分を納得させようとしていたのですが、今思うと、そんなことは全く必要のないことで、必要のない苦を負わされていただけだったと感じています。
まあ、サラリーマンにとっては、「嫌なことを耐え忍んでボーナスいくら」という具合に計算されている、という考えもありますけど、私には耐えられなかっただけです。
その点、今はそうした組織内に己ががんじがらめで居るわけではないので、ずいぶん楽にはなっています。