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覚醒の話43 精神の貧しさを治すことはできない(1,034文字)
以下、ダイソーミニミニ辞典シリーズ『世界の名言名句』より引用
財産の貧乏を治すことはたやすいが、精神の貧しさを治すことはできない。
モンテーニュ
『随想録』より。経済的に困難に陥っていて、元気がなくても、それを治すのは精神の貧しい人を治すよりも楽であるから、そんなに悔やむことはない。
(引用以上)
会社が経営不振に陥り廃業あるいは倒産し、失業したり、あるいは自己の判断力の甘さにより職を失うことがあったにせよ、どうということはない。
新たに意を決して、次なる仕事に挑戦して頑張っていけばいいだけ、ということでしょうか。
モンテーニュのこの言葉は、失業して惨めな日々を送っていた当時の私の心を大いに慰めてくれるものでした。
ただ、「新たに意を決して次なる仕事」と簡単に書きましたが、私にはその「次なる仕事」を見つけることが容易には思えず、随分長い間、道を彷徨っていたのです。
今では「自分の道はこれだな~」というものがありますが、三十代の当時の私は欲張りだったのか「あれもしたい、これもしたい」とやってみたいことがたくさんあって、どれも中途半端な状態で成し遂げることがありませんでした。
でも、人間、そうした過程を経て、はじめて自分の進むべき道が見えてくるものかも知れません。
そして、そのときに思ったのは、精神の豊かさの方がより大事なのだから、その時間のある失業時代に、古今東西の名言・格言や中国古典の本を何冊も読んでおこう、と、人の生き方を学んでいく姿勢を持ったことです。
古典は、内容が豊富であり、その思想も様々ですが、基本は、人がより正しく幸せに生きる生き方なので、その究極の部分では、同じものかも知れません。
自分勝手な解釈ですが、日本の漢字に当てはめてみれば、誠、愛、忍、真、堅、信のようなものかと思います。
それらを紐解けば、誰もがみな一様に知っている内容なのですが、学校を出て社会人となり、経済優先の中に身を置く仕事人となると、忘れてしまいがちになるものが多いかと思われます。
しかし、経済優先の仕事人であっても、日々の考え方次第では、精神の豊かさを満足させることもできないわけではない。
経済のみに価値観を見出し、埋没してしまうことが、よくないのだと思うのです。
音楽や絵画など、芸術に親しんだり、どこかに旅をして素晴らしい景色を楽しんだり、古の聖人が遺した書物を紐解いて人間性を練ったり、いろいろとできるわけですからね。
そうしたものにも積極的に触れていくことが、とても大事だと思っています。
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