日記 事件は会議室で終わっている
部屋が模様替えされている。特に台所関係の充実が勢いづいている。
さて、本来なら検証や仮説について話し合う前に、差し迫る問題に生活資金が挙げられる。
彼は身の回り品のみ所持しており、銀行口座は生前の物。とっくに死亡届が出されていると推定すると、下手に引き出すと最悪事件に発展する懸念がある。こちらも巻き込まれるのは避けたく、ならば無闇に触ることはできない。
食費くらいはそう変わらない。寝床もソファが不満でなければ構わない。しかし他の生活費については出せる範囲があると彼に伝える。
すると、彼はあっけらかんとして答えた。
「収入あるよ? 俺」
は?
聞けば、元の携帯番号を家族が葬式でバタバタしている間に確保した後に、
私のPCを使いネットから新規契約し、データを移し、登録してあったネットバンクやスマホ決済サービスを利用できるよう工面していた。
つまり、支払い方法が対応さえしていれば、難なく買い物ができる。
そういえばそうだった。彼は会社員をする以前も、なんなら今も、インターネットに携わる収益を一部子飼いにしている。
新規契約にも理由がある。遺体から身分証等が消えていても、僅かに疑問が残る以上の事態にはならないが、スマホが見つからなければ、最初使えたとしても、いずれ遠隔で解約されることになる。
ならば、スマホは残し、新規で通信料の引き落とし先を変更しつつ、遺族には、知らぬ間に身内の誰かが気を利かせて解約済みにしたと誤解をさせるよう仕向けたのだ。
と、この点のみを抽出したなら、なんて狡猾で切れ者だと感嘆の声も上げたくなる。愚鈍な触覚のみを頼りに歩く方向を決める民衆なら上げるべきだ。しかしそれは色鮮やかな孔雀が、羽を広げて得る拍手と同義であり、私には孔雀の裏側も見えている。
とどのつまり、別の意図がある。
彼にとって、スマホの内部を見られるのは最も避けたく、自身の保身のために、死後真っ先にスマホとPCのデータ移行に取り掛かったのだ。
判断力に富んだ策の裏側に、矜持を掛けた涙ぐましい戦いがある。
ともあれ生活費の先行きは安泰。
ただ、懸念事項への補完をすべきと申し出た。
私は彼のアイデアや判断をじっくり聞き、汲み取り、口を出すのが仕事で、彼にとっての私の価値だ。
とっさの判断では出ない、ダメ押しの手を。
ーーそうだ。遺書を書いたらどうですか? 今から。
「今から!? それって、家にこっそり置きに行くってこと?」
そう。筆跡は誤認されようがないのだから、都合と辻褄が合う塩梅を図って。
夜も更ける頃、どこに出しても恥ずかしくない、少々変わった要求が添えられた遺書が仕上がった。
後出しの遺書。原案は本人、加筆修正が私の共同制作。
後出しの弊害か、遺書は読み上げる度に探偵モノのトリックを想起させた。
犯人側だ。