日記 平気であれませんよう

 金曜、終業前に彼の訃報を公表した。
 懇意である関係方面への連絡を取り急ぎ行い、上っ面の問い合わせは月曜に処理を回したかったからだ。数日で作成した定型文を擦り切れるまで使い回すだけとはいえ、ペーストの手すら重く感じる。

 この訃報により、私が何者か感づいた人が僅かにいるかもれませんが、どうか内密でいてくれると助かります。
 改めて言えば、この日記は誰かに読ませるためというより、彼が決してこの世から消えていない証明を私の胸中に落とし込ませたく、
 または、私が衝動に任せて知り合いに話したくなり、正気を疑われ入院沙汰を起こさないため。なるべく冷静に、見たままを記録するものであるから。


 休日であったので、インターネット越しに世間の声を眺めていた。惜しみと悲しみの声が途切れずにタイムラインに流れる。濁流。
 ずうっと眺めていると体調を崩した。世間の声に流され、彼の死の実感が湧く。
 やっとかもしれない。私も一度損失を受け止めなければならない。もうインターネット上で彼を視認できる方法は喪われたのだ。

 何度目かの水分補給と称しソファを離れる。もう見ない。ようにしたい。
 「しんどくなっちゃった?」
 気分を悪くしたのを察してくれるも、彼はその間も自身の所有する非公表鍵付きエゴサーチ用アカウントで時々いいねを飛ばす動作をする。インターネット中毒末期だ。
 こんなの、しんどくならない方がおかしいですって。

 ーーあなたは平気なんですか?
 「んー。今のうちって思って、見ておかないと。どうせみんなさ、すぐ忘れちゃうからねえ」
 そこは社内の戦略だ。おおかた来週には新たなゴシップに話題もすり替わるだろう。

 「あーでも、■■が一緒だから。かもね。いないと凹んでたな〜」
 これが決定打となり体調を崩すことになった。

 考えてもみてほしい。彼と親友だったゆえに、世間から取り扱い注意とラベルを貼られるプレッシャーを。
 私はズルをしていて、ズルだから、全く平気なのに!

 枕を彼へぶつけると、上から布団を掛けられた。
 布団はお日様の香りがした。

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