Leprous 『Pitfalls』はなぜすごいか
Leprousが最新作『Pitfalls』でプログレッシヴメタル/プログレッシヴロックの教科書を改定してきました。これはすごい。すごすぎる。
いやすごいのは先行公開された"Below" "Alleviate" "Distant Bells"の時点で予感してたんですけど、こうしてアルバムトータルで聴くと本当に圧巻。とにかく革新度の点ではここ15年ぐらいのプログロックにおいて最強クラスである。歴史的なマイルストーンとしてはDream Theater『Images and Words』に匹敵するとすら思う。
では何がすごいか。
このアルバムでLeprousが成し遂げたのは「エレクトロ/クラブミュージックに立脚した現代ポップス」をプログレッシヴロックの血肉として表現しきったことである。
本作は特にダウンテンポ/トリップホップ/ダブステップを取り込んでいる側面が強い。Einar Solberg(Vo, Key)は元々Massive AttackやThe Prodigyあたりからの影響を公言している人だが、”Below”や"I Lose Hope"、"By My Throne"、"Alleviate"、"Distant Bells"に顕著なように本作における7曲目までの各曲でのサウンド構築・ビート構築にはそのMassive AttackやHooverphonic、Portishead、Lambあたりが展開しているトリップホップと同種のものが感じられるし、さらにポストダブステップ分野、たとえばSBTRKTの"Never Never"、The Weekndの"The Hills"、James Blakeの"I Am Sold"や"The Wilhelm Scream"といった楽曲との共通点を見出すことができる。
重要なのはこれらエレクトロミュージックが、「要素」ではなく「構造」として組み込まれている点だと思う。「スパイスを加えてみました」的な取ってつけたスタイルだとここまでの完成度の高さには至らないし、"Alleviate"でのグリッチ/トラップ/IDMを盛り込んだトラックメイキングなんて、上述のエレクトロ系やBaauerあたりの音楽をガチで聴き込んでる人じゃないとこんな楽曲は絶対に仕上げられないはず。
エレクトロ+プログレッシヴロックとしてのアプローチで一番近いのはおそらくArchiveな気がする。
"I Lose Hope"あたりのビートはArchiveの"Bullets"や"Erase"、"Kid Corner"を思い起こさせる。
ただArchiveになくてLeprousにはあるものが1つ存在していて、それがメタルという背景。
"By My Throne"の絶妙な変拍子+テンポチェンジ、"Alleviate"や"At the Bottom"での劇的なブースト感、ストリングスを多用したシネマティックな音像は出自がプログメタルであるからこそ。
と同時に、たとえばストリングスによる壮大さの演出は、プログメタル/プログロックだけでなくMobyやHooverphonicあたりもヒントにしている節もあり、こういったメタルとエレクトロの行き来にまったく不自然さを感じないのも本作のすごさの一つ。"Alleviate"でのダウンテンポEDM的ドロップや"Distant Bells"終盤での壮大なコーラスなんかは、LOUD PARKで披露される風景とEDCやULTRAといったエレクトロ系フェスで披露される風景、どちらもイメージできませんか?私はできます。
また楽曲を引っ張るEinarのVoの、激情とメロウ/アンニュイさの使い分けっぷりが全体の作風と完璧にマッチしており、自身のVoやLeprousサウンドがエレクトロ系と非常に相性が良いことを自覚していたEinar、天才の一言に尽きる。"By My Throne"や"At the Bottom"でのEinarの表現力は本当にすさまじい。パフォーマンスの点で言うとSimen BørvenのベースラインとBaard Kolstadのドラムも全体を通して実に素晴らしく、特に"Observe the Train"でのプレイはあまりにも良すぎる。
プログレッシヴロック/プログレッシヴメタルの系譜における本作の革新性は大きく三つあって、まず先述したように
「エレクトロ/クラブミュージックに立脚した現代ポップス」を「要素ではなく構造として」組み込んだ点。
エレクトロを取り込むこと自体は別に新しいわけでもなんでもなくて、プログ界隈でそういうことをやっているバンドは数え切れないほどいるが、「ラップを加えてみました」「キラキラシンセを導入してみました」「サウンドメイクに手を加えてみました」のような表層的なことではなく、トラックメイキングの根本の部分からそっちの分野の流儀に従って構築している点が本作のヤバさである。
二つ目の革新性が、取り込む対象が極めて「同時代」的である点。
プログレッシヴロックとはどういったジャンルか?
の問いに対する回答の一つが「同時代性から(良くも悪くも)最も意図的に乖離したロック」と言えるのではないかと思うが、本作はその原理を打ち破る。ポップスやエレクトロ、現代におけるいわゆるオーバーグラウンドシーンに対するEinarの観察眼が存分に発露されている。この「外」に向けた志向はプログレッシヴロック/プログレッシヴメタルがこの先、新たな拡張・開拓を実現する上で重要なポイントだと思う。
現代プログロックにおいて「ポップミュージック」に近いアルバムとしてはたとえばSteven Wilsonの『To the Bone』があるが、Steven Wilsonの場合はポップスの立脚点が彼自身が影響を受けた70年代や80年代のそれであり、Leprousとはアプローチがまったく異なる。
そもそもSteven Wilsonはポップスフィールドを意識した発言をするのと並行してアンビエントドローンど真ん中のBass Communion作品をリリースしたりするという、現代プログシーンの頂点にいながらもシーンで一番ひねくれたことをする特異なおじさんなので、オーバーグラウンド層を本気で狙っているとは(今のところは)あまり思えない。
一方でLeprous『Pitfalls』でのポップミュージック感は非常に同時代的なものだ。プログレッシヴフィールドで同様のアプローチをしている点ではPolyphiaと並びセンスの高さで群を抜いていると思う。
そして三つ目が、本作の全楽曲が単体でシングルカットできるキャッチーさとフックを兼ね備えている点。
これは二点目と同様、プログロック/プログメタルというニッチな分野がより幅広い聴衆を獲得する上で重要なポイントだと考えている。
Dream Theaterの『Images and Words』が(DT史における各アルバムの好き嫌い順位はさておき)なぜマイルストーンになりえたか?を考えると、やはりあの作品も「全曲が強い」ということに尽きるのではなかろうか。
『Pitfalls』も同じことが実現できていると思う。そしてここに至る伏線・布石はすでにあった。
今年1月のMassive Attackカヴァー"Angel"のシングルリリース、2018年6月の"Golden Prayers"(『Malina』制作時の未公開曲)シングルリリース、そして2017年8月リリースの前アルバム『Malina』である。
『Malina』では先行シングルとして2017年6月16日に"From the Flame"がリリースされているが、その後スペイン・バルセロナで2017年6月30日・7月1日に行われたBe Prog! My FriendフェスティバルでLeprousを観たときにその曲のヤバさを身をもって体感した。
こちらはその時の私のツイート。
たった2週間前に公開された曲とは思えない異様な盛り上がりを観て、(Leprousの勢いマジでやべえ)と感じた次第。
その"From the Flame"、そして『Malina』からの流れを考えると『Pitfalls』の音楽性は順当な進化だと言える。
↑『Malina』リリース後の私のツイート
本作はすでに海外・国内ともに評価が二分しているようだが、Leprousというバンドの流れを踏まえれば大きな違和感を抱くものではないと思うし、彼らがいまだプログメタル領域で語りうる存在であることはラスト2曲を聴けばわかる。
重量感、そしてOceansizeやPure Reason Revolutionに代表されるモダンプログメタル/プログロックのオルタナリフで構成された"Foreigner"。メタルサイドからのファンが喜ぶ序盤から、中盤〜終盤にて劇的かつ緊張感溢れるプログレッシヴ展開を見せる大曲"The Sky Is Red"。この二つの楽曲をラストに据えている点が見事。本人たちはプログメタルというカテゴリーに縛られることを昔から嫌がってはいるものの、その領域に根を張ったまま革新性をも実現したという点で本当にすごいアルバムを作ってきたなと思う。
現在のプログメタルにはLeprousから影響を受けている、もしくはこれまでのLeprousに近い音楽を展開しているバンドが多く、ドラマーのBaardが在籍しているRendezbous Point、ロシアのWalking Across Jupiter、米国のArtificial Language、ノルウェーのMaraton、ドイツのUnprocessed、ギリシャのMother of Millionsあたりがいる。
彼らのような若いバンドが今後『Pitfalls』に感化され、より「外」を向いたプログレッシヴロック/プログレッシヴメタルの潮流を展開してくれることを期待したい。