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第59回理学療法士国家試験 午後36−40の解説
息子は第57回の国家試験に不合格で、第58回の国家試験に合格しました。昨年は第58回の試験問題が手元にありましたので、息子の合格の後、恩返しのつもりで国家試験の解説を投稿しました。
第59回は息子は受験していないので問題が手元にはありません。毎年厚労省から問題が公表されるのは5〜6月ごろでかなり遅いです。そこから出版社も対策本を作るので、対策本が手に入るのは夏前になってしまいます。またクエスチョンバンクなどの対策本は国試問題のすべてを網羅している訳ではありません(ごく一部です)。
昨年、国試対策の問題集を作って投稿したところ、多くの方に利用していただきました。今回、投稿を利用していただいた受験生(合格ラインを超えたらしい)の一人にお願いして、国家試験問題を入手する事ができましたので、昨年同様、早めに国家試験問題と解説を投稿したいと思います。
理学療法士ではありませんが、医師の立場から解説をします。これは違うよという所があればコメントいただくと幸いです。
(36) 二重積の規定因子はどれか。2つ選べ。(59回午後36)
1.呼吸数
2.心拍数
3.一回拍出量
4.収縮期血圧
5.動静脈酸素較差
【答え】2・4
【解説】
プロダクト(product)は産物という英語ですが、数学的にはかけ算した積という意味もあります。この意味からダブルプロダクトとは2つの物の積という事を表します。
循環器内科領域では[収縮期血圧]×[心拍数]をダブルプロダクトと呼び、心臓への負荷と全身の酸素消費量や心筋仕事量を測る良い指標になると言われています。
1.呼吸数:×
2.心拍数:○
3.一回拍出量:×
4.収縮期血圧:○
5.動静脈酸素較差:×
(37) 痙直型脳性麻痺児の陽性徴候はどれか。(59回午後37)
1.運動麻痺
2.感覚障害
3.共同運動
4. 筋力低下
5.巧緻運動障害
不適切問題の可能性あり【答え】3
【解説】
この問題は問題文の解釈が難しく、難解です。問題文の書き方自体が受験生を惑わすので、不適切問題としても良いぐらいです。
陽性徴候とは何でしょうか?おそらくほとんどの受験生は脳性麻痺児にみられる徴候として捉えたのではないでしょうか?
神経症候学ではH. Jackson以来、陰性徴候 (negative sign)と陽性徴候 (positive sign)の区分があり、例えば片麻痺患者にみられる運動機能の欠損は「失われた機能(陰性徴候)」で、それに対応する構造が破壊された結果とされます。 しかし、筋緊張亢進やバビンスキー徴候にように健常者にみられない現象が患者でみられる徴候を陽性徴候と呼び、それは対応する構造そのものが破壊されたのではなく、正常に残った部位の機能が破壊された部位からの抑制性制御を失って現れたとされています。こんな事、学校で習いましたか?習ってないですよね?
この意味で選択肢を見て行きます。選択肢は痙直型脳性麻痺児で全て見られる症状ですが、陽性徴候の意味が分かるかどうかの問題となっています。いわゆる言葉遊びですね。国試問題としては馬鹿げた出題方法なので、不適切問題となっても不思議ではありません。こんな陽性徴候という内容を問う引っかけ問題は不適切です。
1.運動麻痺:×
→運動麻痺とは上位または下位運動ニューロンの障害によって随意的な運動ができない事を指します。
脳性麻痺とは、在胎中から生後4週間までの間に発生した脳への損傷によって引き起こされる運動機能の障害を指します。痙直型脳性麻痺では上位運動ニューロンの障害によって筋緊張が亢進し、筋肉が硬く動きが少なくなります。ただし、これは上記定義によると陰性徴候になります。
2.感覚障害:×
→脳性麻痺では運動・姿勢障害が主症状ですが、知能障害,知覚障害(視覚・聴覚など),認知・行為障害,情動・行動障害,てんかん、など多方面にわたる問題点も合併し、痙直型では視覚障害を伴う事があります。ただし、これは上記定義によると陰性徴候になります。
また聴覚障害はアテトーゼ型に合併する事が多いと言われています。
3.共同運動:○
→共同運動とは脳梗塞など中枢性の病変の回復時に一過性に見られるパターン化された筋収縮を指します。屈曲共同運動や伸展共同運動などがあります。共同運動は回復に伴って分離運動となって消えていきます。
痙直性脳性麻痺児には本来消えるべき共同運動が、残存して見られます。正常人ではみられない徴候が患者で見られるので、上記定義では陽性徴候という事になります。
4. 筋力低下:×
→痙直型脳性麻痺児では痙性麻痺によって筋力低下がみられますが、これは上記定義によると陰性徴候になります。
5.巧緻運動障害:×
痙直型脳性麻痺児では痙性麻痺によって巧緻運動障害もみられますが、これは上記定義によると陰性徴候になります。
(38) 四肢切断後の幻肢痛への対応で正しいのはどれか。2つ選べ。(59回午後38)
1.ミラーセラピーが有用である
2.経皮的電気刺激法は禁忌である
3.義肢装着練習は幻肢痛を増悪させる
4.患者に幻肢痛が残存している部位をイラストで図示させる
5.鎮痛剤はプレガバリンよりも非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)を優
先する
【答え】1・4
【解説】
1.ミラーセラピーが有用である:○
→Ramachandranらは切断肢患者の幻肢痛に関して立て鏡またはバーチャルリアリティーボックスを用いた鏡治療を報告しています。これは9例の上肢切断者の幻肢痛に対して、健側の手の鏡面像に幻肢を重ね合わせて、健側を動かす訓練を行ったところ、4例で幻肢痛が軽減したというものです。
V S Ramachandran, D Rogers-Ramachandran, S Cobb et. al: Touching the phantom limb. Nature 377: 489-90, 1995.
ミラーセラピーは幻肢痛治療に良く使われている治療法です。
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2.経皮的電気刺激法は禁忌である:×
→幻肢痛に対してTENSが有効であったという報告もあります。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspo1985/10/2/10_2_142/_pdf
現状ではランダム化比較試験によって効果が裏付けられてはいませんが、少なくとも禁忌ではありません。
3.義肢装着練習は幻肢痛を増悪させる:×
→切断術直後義肢装着法には予防効果があると言われています。
4.患者に幻肢痛が残存している部位をイラストで図示させる:○
→切断部をイラストで図示させ、切断を患者に意識させる事で幻肢痛の軽減を期待できます。
5.鎮痛剤はプレガバリンよりも非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)を優
先する:×
→幻肢痛はNSAIDsに抵抗性に事が多いです。プレガバリンは神経障害性疼痛に有効な鎮痛剤で、幻肢痛への効果が期待できます。
(39) 寛解期にある多発性硬化症に対する理学療法の禁忌はどれか。(59回午後39)
1.他動的な関節可動域練習
2.中等度強度の有酸素運動
3.低強度の筋力増強運動
4.電気刺激法
5.温熱療法
【答え】5
【解説】
多発性硬化症は中枢神経系に多発性の脱髄をきたす原因不明の疾患で、多彩な臨床症状を呈します。症状は寛解と再発を繰り返すのが特徴で、体温が上がると症状が悪化することをユートフ (Uhthoff)徴候と呼びます。
1.他動的な関節可動域練習:○
→多発性硬化症では上位運動ニューロン障害で痙縮をきたし、関節可動域制限をきたすおそれがあるので、関節可動域練習は推奨されます。
2.中等度強度の有酸素運動:○
→翌日に疲れを残さない程度の中程度の有酸素運動は有効です。
3.低強度の筋力増強運動:○
→筋肉の障害でないので、過度の筋力増強訓練は必要ではありません。低強度の筋力増強運動で十分です。
4.電気刺激法:○
→多発性硬化症患者に機能的電気刺激 (FES)を施行して痙縮が軽減したという報告や、多発性硬化症の認知症・疲労・うつに対して経頭蓋直流電気刺激療法(tDCS)が試みられています。したがって、禁忌ではありません。
5.温熱療法:×
→温熱療法で体を温めると症状が悪化(ユートフ徴候)するので、禁忌です。
(40) 末梢神経障害による感覚障害に伴う運動失調の治療法で適切でないのはどれか。(59回午後40)
1.重錘負荷
2.弾性緊縛帯
3.電気刺激法
4.姿勢鏡を用いた立位練習
5.歩行補助具を用いた歩行練習
リ:5 ワ:3 三: 3【答え】3
【解説】
運動失調に対する治療法についての問題です。
1.重錘負荷:○
→上肢・下肢の末梢に重りを負荷することで固有感覚を賦活することにより運動失調の改善効果が期待できるとされています。
2.弾性緊縛帯:○
→上述の重り負荷と同じ発想で、上肢・下肢の近位部を弾性包帯で圧迫すると、上下肢の過剰な運動が妨げられ、運動失調性の動揺を軽減する効果があるとされています
3.電気刺激法:×
温痛覚を刺激しても運動失調には関係ありません。位置覚・振動覚などの深部感覚の伝導路である後索障害では脊髄性の運動失調をきたします(この問題では末梢神経障害による運動失調としていますが…)。臨床的には脊髄後索電気療法というものがありますが、もっぱら遷延性意識障害(いわゆる植物状態)や四肢痙性麻痺の改善を目的として試みられている治療法で、運動失調の改善目的としては用いられていません。
4.姿勢鏡を用いた立位練習:○
→いわゆるフランケル体操です。フランケル体操は脊髄後索障害の方に視覚で代償して運動制御を促通する目的で、19世紀末に考案された古典的な運動療法です。視覚の代償を利用することがこの体操のポイントです。
5.歩行補助具を用いた歩行練習:○
→運動失調患者ではバランスが不良ですので、歩行練習をする場合は歩行器を用いた方が良いです。またその場合、ピックアップ型よりも支持期底面が広い四輪歩行器を選ぶ方が良いです。ただし、軽量なものだと全身の動揺を抑えられないので、重いものが効果的です。
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Dr. Sixty_valleyの第60回理学療法士国家試験対策のポータルサイトページは以下です。