第58回理学療法士国家試験 午後71-75の解説
息子は57回の国試では不合格で、1年間一緒に勉強し、58回の国試になんとか合格する事ができました。一緒に勉強したというのは、私が医師の立場でいろいろ教える事ができたという事です。理学療法士の専門ではありませんが、医師である事から、それなりに知識もありますので、恩返しの意味を込めて、解説やコメントをしたいと思います(いわゆる理学療法士出身の予備校講師や塾の先生と比較して詳しいところもありますが、詳しくないところもありますのでご容赦ください)。もしこれは違うよという所があればご連絡いただければ幸いです。
71.肘関節屈曲のみに作用するのはどれか。(58回午後71)
1.肘筋
2.上腕筋
3.烏口腕筋
4.腕橈骨筋
5.上腕二頭筋
【答え】2
【解説】
運動学の基本的問題です。
1.肘筋:×
肘筋は肘の背面(手背側)にあり、上腕骨外側上顆に起始し、尺骨上部後面に停止します。橈骨神経支配です。尺骨のみに停止し、橈骨に停止しないので、回内・回外作用はなく、純粋な肘伸展になります。
2.上腕筋:○
上腕筋は起始が上腕骨中央前面で、停止が尺骨粗面です。肘関節の屈曲作用がありますが、橈骨に停止しないので、前腕回内・回外作用はありません。作用は純粋な肘屈曲になります。また国試ポイントとしては、上腕筋は平たく大きいので上腕骨の後ろも包みこむように回り込んでいて、筋皮神経と橈骨神経の二重支配になっています。
3.烏口腕筋:×
烏口腕筋は烏口突起を起始とし、上腕骨内側に停止します。肩関節の屈曲および内転・外旋作用があります(注:上腕骨の内側に停止なので、外旋になります)。肘関節に対する作用はありません。
支配神経は筋皮神経ですが、筋皮神経は背側から烏口腕筋を貫通して走行しています。
4.腕橈骨筋:×
腕橈骨筋は上腕骨遠位外側に起始し、橈骨茎状突起に停止します。橈骨神経支配です(尺骨神経支配でないのに注意してください)。
作用としては肘屈曲ですが、回内・回外の両方があります【国試頻出】。腕橈骨筋は橈骨を持ち上げ、中間位にするイメージです。
・前腕回外位で収縮すると、中間位に戻すので回内作用
・前腕回内位で収縮すると、中間位に戻すので回外作用
となります。
5.上腕二頭筋
上腕二頭筋の長頭は肩甲骨上結節、短頭は肩甲骨烏口突起に起始します。停止は橈骨粗面です。筋皮神経支配です。肩関節に関しては、長頭が肩屈曲・外転作用、短頭は肩屈曲・内転作用があります。
上腕二頭筋は橈骨の内側面の橈骨粗面に停止する事から、肘関節屈曲時に前腕回外作用があります【国試頻出】。
72. 安静呼吸における吸気時で正しいのはどれか。(58回午後72)
1.横隔膜は上昇する
2.外肋間筋は弛緩する
3.胸腔内は陽圧になる
4.腹横筋が主に収縮する
5.上部胸郭は前上方へ拡張する
【答え】5
【解説】
呼吸運動に関する基本的問題です。呼吸運動の問題では安静呼吸なのか、努力呼吸なのかは注意するようにしてください。下図は主な呼吸筋ですが、
・安静吸気:横隔膜と外肋間筋
・安静呼気:なし
・努力吸気:内肋間筋・胸鎖乳突筋・斜角筋・など
・努力呼気:腹直筋・腹横筋・内外腹斜筋など
となります。ただし国試的には、安静吸気に働く横隔膜と外肋間筋は努力吸気にも働くと覚えてください。
1.横隔膜は上昇する:×
横隔膜は安静吸気でも努力吸気でも働きます。吸気時には横隔膜は下降し、胸郭を広げます。
2.外肋間筋は弛緩する:×
安静吸気時には外肋間筋は収縮します。
3.胸腔内圧は陽圧になる:×
呼吸に関する圧には気道内圧と胸腔内圧の2つがあるので注意してください。気道内圧は気管や気管支内の圧です。胸腔内圧は肺の外側の胸腔の圧です。胸腔内圧は外気との交通はなく、吸気・呼気を通して常に陰圧になっています。陰圧で外側から肺を引っ張っているので、肺が膨らんでいられるのです。
それに対して、気道内圧は口や鼻を通して外気と交通しています。吸気相で胸腔内圧の陰圧が強くなると、気道内圧も一旦陰圧になり、陰圧に引かれるように口や鼻から外気が入ってきます。空気が入ってくるとともに気道内圧の陰圧は弱まり、吸気の終わりには気道内圧は0になります。その後、吸気が終わり、呼気相になると、吸気で大きくなった胸郭が小さくなるので胸腔内圧の陰圧が少なくなります(あくまで陰圧です。0や陽圧にはなりません)。胸腔内圧の陰圧が弱まると、吸気の終わりで0になっていた気道内圧が陽圧になり、陽圧に押されるように口や鼻から空気が外に出ていきます。空気が出ていくにしたがって気道内圧の陽圧が弱まり呼気の最後には再び気道内圧は0になります。
ちなみに肺や胸壁に穴が空いて、胸腔内圧の陰圧がなくなるとどうなるでしょうか?下図は気胸という病気ですが、左肺がひろがらずにぺちゃんこに凹んでしまっています。このように肺が広がっていられるのは、肺の外の胸腔内圧が陰圧で常に肺を外側にひっぱっているからです。ちなみに今年は緊張性気胸が国試に出ると思って対策をしていたんですが…外れました。
4.腹横筋が主に収縮する:×
腹横筋は呼吸補助筋です。胸式呼吸の吸気運動は上位肋骨ではポンプハンドルモーション、下位肋骨ではバケツハンドルモーションと言って、基本的には斜め下に下がった肋骨が水平近くに持ち上がる事によって、前後または横方向に胸郭が広がります。
したがって、安静時呼気に働く内肋間筋、努力呼気時に働く腹直筋は、肋骨を下に押し下げり働きがあります。
マイナーな呼吸筋として以下に示すような肋下筋、最内肋間筋、胸横筋、腹横筋などがありますが、これらはすべて肋骨を下制する働きがあり、努力呼気時に働きます。
5.上部胸郭は前上方へ拡張する:○
前述のように、安静吸気では外肋間筋の活動により、上位肋骨ではポンプハンドルモーションが、下位肋骨ではバケツハンドルモーションとなり、肋骨が挙上します。
また、ポンプハンドルモーションは前後方向に胸郭が広がり、バケツハンドルモーションは横方向に胸郭が広がりやすいです。
したがって、上位肋骨では前上方へ拡張します。
【おまけ】
以下のように、内肋間筋の働きについては、前部線維が外肋間筋と同じように強制吸気に働き、横・後部線維が強制呼気に働くという、違った作用があるというのが国試既出となっています。
丸覚えでもかまいませんが、一応理解を助けるために(実際の筋走行とは違うかもしれませんが、以下のような図を書いて理解しました)。ちなみにこのような解説はどこにも説明されていません。
下図左のように、肋骨の前部では上位肋骨と下位肋骨がほぼ垂直に並んでいると考えてください。赤が外肋間筋、青が内肋間筋です。すると、赤の外肋間筋が収縮すると下位肋骨は挙上しますが、青の内肋間筋も収縮すると下位肋骨が挙上(肋骨挙上)する事になります。
一方、右下のように、横・後部では、上位肋骨に対して、下位肋骨の位置が上に上がってきて、水平近くの位置(下位を肋骨は少し下)にあると考えてください。この状態で内肋間筋が収縮すると、上位肋骨の下に引き寄せられるので、肋骨下制に働くと思われます。
このような図で考えると、内肋間筋の前部線維と、横・後部線維の作用の違いが理解できるのではないでしょうか?
73.基本的立位姿勢を矢状面から観察した場合、重心線が通るのはどこか。(58回午後73)
1.後頭隆起
2.烏口突起
3.大転子前方
4.膝蓋骨前方
5.外果前方
【答え】5
【解説】
運動学の基本問題です。矢状面の重心線は下図のようになります。
1.後頭隆起:× →頭部矢状面では耳垂を通ります。
頭部前額面では後頭隆起を通ります。
2.烏口突起:× →上肢矢状面では肩峰を通ります。
3.大転子前方:× →股関節部矢状面では大転子を通ります。
4.膝蓋骨前方:× →膝部矢状面では膝蓋骨後方を通ります。
5.外果前方:○ →外果の2cm前方を通ります。
74.運動学習の効率で正しいのはどれか。(58回午後74)
1.覚醒度は高いほどよい
2.フィードバックは多いほど良い
3.練習動作の難度は低いほどよい
4.多様練習は学習初期に行うとよい
5.練習動作は基準課題に似ているほどよい
【答え】5
【解説】
運動学分野の運動学習の問題です。運動を学習する事(例:ドライバーを真っすぐ遠くに飛ばせるようになる)は、いわゆる学習(勉強)とは少し違うのに注意しなければなりません。
1.覚醒度は高いほどよい:×
勉強は覚醒度が高いほど良いですが、運動学習は少し違います。
下の図は逆U曲線と呼ばれるものです。運動学習の場合は覚醒レベルが高い程学習効果が高いとは限りません。
たとえば、やる気があれば、野球でホームランを連発できるようになりますか?ピッチャーで160kmの球を投げれますか?そうではないですね。覚醒度が高ければ緊張感が高まるので、逆に波フォーマンスが下がるとも言われています。たとえば、高校野球の練習をしているとき、メジャーリーグのスカウトが見学に来たら、緊張していつものように練習できなくなるようなものです。
運動学習をする場合は、中くらいの覚醒度がリラックスして良いパフォーマンスが得られると言われています。
2.フィードバックは多いほど良い:×
運動学習において、結果の知識(Knowledge of results: KR)はパフォーマンスを上げるのに重要だと言われています【国試頻出】。
KRとはいわゆるフィードバックの事です。
運動学習の初期にはフィードバック(KR)が必要ですが、学習の効果が上がってきた段階では、KRの頻度が多すぎると、かえって学習効果が上がりにくくなるので要注意です。
例えば、ゴルフの練習で初心者の子供と一緒に行った際にいろいろアドバイスをしてました。子供が初心者の場合はいろいろアドバイスをしても良いですが、ある程度上達してくると、「だまって静かに練習させてよ、いろいろうるさいよ」という事もありますよね。
3.練習動作の難度は低いほどよい:×
簡単な練習ばかりでは実力上がらないですよね。ゴルフで言うと、平らな地面からの練習だけでなく、斜面からの練習したり、バンカー練習したりと、いろいろな場面での練習も必要となってきます。
4.多様練習は学習初期に行うとよい:×
学習初期が基本的な運動を繰り返した方が良いですよね。
5.練習動作は基準課題に似ているほどよい:○
そりゃそうです。ゴルフの練習するのに、水泳の練習をしても基礎体力が上がるだけで、ほとんど効果が上がりません。
75.病因のうち化学的要因はどれか。(58回午後75)
1.熱
2.圧力
3.喫煙
4.紫外線
5.放射線
【答え】3
【解説】
病気の原因を病因といいますが、病因は多種多様です。
大きく分けて生物学的病因・化学的要因・物理的要因に分けられます。
・生物学的病因:細菌・ウイルス・真菌・寄生虫など
・化学的病因:化学物質・酸・アルカリ・金属など
・物理的要因:電気・熱・電磁線・紫外線・放射線など
問題では化学的要因を問われていますが、化学的要因=化学物質と置き換えると正解はおのずとわかると思います。
1.熱:× →物理的要因
2.圧力:× →物理的要因
3.喫煙:○ →ニコチンなど化学物質が病因となる
4.紫外線:× →物理的要因
5.放射線:× →物理的要因
Dr. Sixty_valleyの第60回理学療法士国家試験対策のポータルサイトページは以下です。
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