4度目の正直。マイナカード受取完了

今日、ようやくマイナカードを手にした。
ようやくだ。本当にようやくだ。
マイナカードの更新のために4回も市役所を訪れたわけだ。

1回目は昨年12月。
片道30分をかけて歩き、市役所まで着いたのだが本人確認書類を忘れてしまった。確認が出来なければマイナカードの発行ができないというのだ。冷えた風が身体を突きさすなか、片道30分の道のりを歩き家へ帰った。
翌日、インフルエンザにかかり1週間半寝込んだ。

2回目の挑戦は今年1月月初。
次こそは本人確認書類を忘れるわけにはいかない。免許証を持ち家を出て市役所へと向かった。
「本人確認書類あります」
と僕は声高々に整理券を発行するお姉さんに訴えた。
「今日は何のお手続きで来られましたか?」
理解の遅い人間を相手するのは疲れる。
マイナカードの発行だと僕は伝えた。
「本人確認書類は・・・ありますね。通知カードはありますか?」
と彼女は言った。
通知カード・・・受け取りの際にこれを持って来いと書かれた紙が郵送で届いていたはずだ。前回は持ってきていたのに、その日は忘れてしまったのだ。本人確認書類にすべての意識を持っていかれていたわけだ。
「忘れました・・・必要ですかね・・・」
先ほどまでの勢いを失った僕は、弱弱しい声で懇願するようにお姉さんに聞いた。
「はい。そちらがないと発行は難しいですね・・・」
最悪だ。最悪すぎる。目の前が真っ白になった。苛立ちを伴った足音だけを残し市役所を出た。

三度目の正直と言うやつだ。
通知カードも持った。もちろん本人確認書類も持った。
これ以上にない準備を僕はしたわけだ。
もう市役所には10年は行きたくないという気持ちで家を出た。
「マイナカードの発行できました。」
「持ち物は・・・」
「あります。本人確認書類と、ほら、この通知カードね」
「ではこちらが整理券です。」
ようやく手にできたゴールへのチケットを握りしめ、待合シートに身を沈めた。
ようやく終わるんだ。
思い返すと、すべて僕の忘れのせいなんだ。なぜ僕はあんなにも市役所、そして市役所員の方へ腹を立ち、苛立ちを表に出してしまったのだろうか。
こんなにも静かで清潔な空間を乱してしまった自分自身を恥じたのだ。
「250番の方~」
250・・・僕の番号じゃないか!シートに沈み切っていた身体を軽やかなステップで浮かして、成功者の道を歩んだ。
「必要な書類のご提示をお願いします。」
僕は今までの苦労と後悔を染み込ませた、本人確認書類と通知カードを光沢のある綺麗な机の上にそっと置いた。
市役所員のおば様が書類を眺める。そして僕の目を見た。
ああ、言いたいことは分かる。まだ若いのにここまで用意周到なんてスゴイですね。市内でも群を抜く優秀さですよ。
そんなとこだろう。彼女の目からは尊敬にも似た眼差しが眩しいくらいに僕を照らしていた。
「マイナンバーカードは?」
彼女が問うた。
「はい。発行をお願いします!」
準備も良し、元気も良し。未来を託すには充分すぎる若者ではないか?
心の中ではニヤつきながらも表情は平静を装った。
「以前使われていたマイナンバーカードです。」
「え?」
耳から入ってきた言葉は頭の中で思考に変わるも、思考が形を成さない。全神経が思考へと費やされたため、視界は真っ白になった。
以前使っていたマイナンバーカードは数か月前から姿を見せていない。呼んでも出てこなかったわけだ。
「以前使っていたカードが必要なのでしょうか?
僕はおそるおそる聞いた。
「そうですね。カードの提示が必要です。」
なんなんだよそのシステムは。なぜ前使っていたカードが必要なんだ。アナログすぎるだろ。という苛立ちが表情へ伝線した。
「もしもなかったら・・・」
その先の言葉を聞きたくはなかったが、今からイヤホンを付けるのも少々おかしいし、第一間に合わないだろう。僕は時の流れとおば様のペースに身を任せた。どうなってもいいと。
「再発行ができます。1,000円の手数料が必要ですが」
天使の声とはこういう声のことを言うのだろう。おば様の声は僕のすべてを救ってくれた。世界とはこんなにも優しさと平和に包まれていたのか。こんな女神のようなおば様に苛立ちを覚えた自分自身を僕は恥じた。自己嫌悪まではいかなかったが、僕の中には親切心というものがないということに気づいた。
ずぼんの後ろのポケットに右手を伸ばす。
財布
財布
財布

ない。財布などあるわけない。
最近の僕はPayPayしか使っていないのだ。つまりスマホさえあればなんとかなる生活を送っているわけだ。
それに市役所に現金が必要など思うわけがない。
ふざけるな。先に言えよ。ぼくの怒りは首元まで来ていた。
PayPayしかない!PayPay・・・
スマホがあるじゃないか!目の前の出来事に戸惑い、正常な判断ができていなかったようだ。以前、市役所でPayPayを使ったことがある。マイナンバーカードの最初の発行か、住所変更のときか忘れたが、市役所にはQRコード決済に対応しているシステムがあるわけだ。
にこやかに僕は微笑み、おば様に聞いた。
「PayPayは使えますか?」
おば様は驚いたような表情になった。
PayPayという言葉を使い慣れていないのかな。僕はそう思った。しかし大丈夫だ、隣の席で受付をしているのは若い女性だ。その部下だかに聞けばこう言ってくれるはずだ。
「先輩。PayPayは、QRコード決済のことですよ。机の下にある端末を使えば支払いができます!」
おば様はハニカミながら部下の女性に感謝を伝え、机の下にある決済端末を僕に差し出してくれる。
はずだった。
「現金のみです、すみません。」
このク〇ババア!!!!ふざけやがって!!!!最初から言っとけよ!!今回は整理券を受け取って受付机まで来たんだぞ!そこまでの長い道のりを辿ってようやく着いた若き勇者を追い返すのか!!
僕の怒りのメーターはとうとう振り切ってしまった。
こんな市役所2度と来るものか。市民を舐めやがって。
第一、デジタルを活用してこういった細々した手続きを省き、市役所員と市民の時間と労力の負担を軽減することが目的のはずだろ。
なぜスタートからこんなにめんどくさいことをさせるんだ!!!
僕はここ数年で1番と言っていいほどの怒りを体内に生成してしまったわけだ。このまま帰るわけにはいかない。家とは安寧の場だ。怒りを持ち帰ることなどできない。近くに池があった。
人はおらず、水面に浮かぶ1羽の白鳥と水中を泳ぐ鯉だけがいた。
なんと平和な場所なんだろうか。僕の怒りに荒んだ心は浄化された。

そして今日、マイナンバーカードの受け取りはあっけなく完了した。
マイナンバーカードがなければ昨年分の確定申告が、ネット上でできないのだ。つまり片道50分以上をかけて税務署へ行かなければならない。
それならば憎き市役所へ行く方がまだ良いという、至極正常な判断のもと4度目の正直で市役所へ行った。そして普通に受け取った。
マイナンバーカードに印刷された11月に撮った僕の顔は、
これから起こるであろう喜怒哀楽の2か月間など知る由もなく、気持ち悪いくらいににこやかな顔をしていた。


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