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自己紹介

氏名

ウクレレ岩SUN 
岩宗 繁樹(いわむね しげき)

起業して、電通から紹介されてコニカミノルタのイメージキャラクターに就任。ポスターになりました。


参議院議員で元地方創生大臣の片山さつき先生に無料で帯を書いていただきました。

目からウロコの持ち家取得!50年の土地のリースで人生が楽しくなる家づくり 電子書籍

電子書籍

出身

1954年宮崎県えびの市生まれ。私が生まれる約100年前の1953年に黒船が来航しています。宮崎県えびの市は江戸時代の藩でいうと薩摩藩です。

葛飾北斎の最後の弟子本間北陽の黒船 北陽は薩摩藩の日本初の株式会社構想に参画した。通訳としても活躍した。

職歴

 都内の大学を卒業後住宅メーカーの積水ハウス株式会社で営業マンとして、30年以上働きました。住宅展示場勤務を経て、店長としてJAや住友信託銀行を担当し、賃貸住宅や請負住宅を販売、課長の時はチームを全国1位の実績に導きました。
個人としても注文住宅の建築を300棟以上をお手伝いしたことで、社長表彰を受けました。
部長となってからは、埼玉県税理士会の担当責任者として、埼玉県内の7事業所の税理士会からの紹介による成約実績において、他社を大きく引き離した成果をあげられるように尽力しました。

趣味

ウクレレの演奏
2018年から全く楽器の経験もなく勿論楽譜も読めないのにウクレレを初めました。
ガズレレを愛する仲間達と「I love ukulele Iwatsuki」結成。リーダーとして、高齢者施設への慰問、イベントを主催しておりました。

特別養護老人ホーム慰問
全国の仲間達と日比谷野外音楽堂を借りて、弾き語りしました。


マニラの公園で毎日ウクレレの練習をしていました。

現在、60歳以上のウクレレ好きの会として「ラブレレ岩槻シニア」の立ち上げにトライしています。私と同じように暇を持て余している高齢者にウクレレの楽しさを教えて、一緒に施設への慰問などを通じて生き甲斐を感じて欲しいからです。

葛飾北斎が好き

浮世絵が好き特に北斎が大好き

葛飾北斎の浮世絵も肉質画も大好きです。自宅の書斎兼事務所の壁は浮世絵で埋め尽くされています。
お気に入りの場所は北斎のゆかりの地である小布施。北斎館や岩松院に何度も行っていて、そのたびに発見があります。
春には葛飾北斎が90歳近くで葛飾区から小布施まで歩いた道を、私も歩いてみたいです。北斎の川柳も好きなので長野の渋温泉にも行ってきました。これからも北斎関連の本も沢山読んでもっと北斎の事を知りたいです。そして、浮世絵の最大のミステリー「東洲斎写楽は誰なのか?」に挑戦してみたいです。

57歳で相続・不動産コンサルタントとして起業


戸建ての定期借地権の活用事例を増やすことを目的として、起業しました。
そして、定期借地権事業の進め方や契約書の説明などを住宅メーカーや工務店及び不動産会社の方々にしていただくために、「定期借地がすべて解決します。」を上梓しました。
そして、セミナー講師として定期借地権の実務を解説してきました。
合わせて、サラリーマン時代は平成7年設立の埼玉県定期借地権推進機構の理事として活動をしていましたが、退職後は事務局長として、定期借地を全国で推進してきました。
埼玉県でスタートした推進機構は、全国に広がり全国定期借地権連合会の理事も務めされていただきました。
最近でも、定期借地権や定期借家権を活用したコンサルをさせていただいて、地主さんの無借金の土地活用と相続対策として、埼玉県八潮市に定期借地権を活用して透析病院の建築のお手伝いをさえていただきました。

子供の頃の夢に挑戦


最近は、子供の頃の夢の一つである小説の出版に向けて「創作大賞2022」にエントリーしています。
小説の内容は、2019年にスタディアブローでマニラに1ヶ月間で語学スクールで出会った人々とのウクレレを通しての触れ合いを描いています。
よろしくお願いいたします。

東京オリンピック2020の都市ボランティア

私は、1964年の東京オリンピックの開会式の日は国立競技場にいました。
その時は小学校4年生でしたがあまりオリンピックに興味がありませんでした。
当時の記憶としては私が通っていた小学校から30人ほどの生徒が開会式に参加したのですが、何故、私が小学校の代表に選ばれたのか今でも疑問なのです。
私は、勉強ができる生徒でもスポーツで目立っている存在でもありませんでしたから。
それでも年を重ねるにつれて、あの日あの場所で開会式を観ていたというのは凄い事だったのだと思えるようになりました。
そして、今思えば英語で案内しているボランティアの人がカッコ良かった。
そんなこともあって、英語での道案内役として都市ボランティアに応募して採用されたのでした。
残念ながら東京オリンピック開催中の活動の場はなかったのですが、開催前に活動している写真を卓上カレンダに掲載していただいたことで孫娘に見せることが出来ました。

サラリーマン時代のエポック

さいたま市(旧大宮市)に全国初の定期借地権付き分譲

定期借地権事業推進室室長として、平成6年に全国に先駆けてさいたま市(旧大宮市)に14棟の定期借地権分譲地を誕生させました。
この分譲のニュースは日経新聞の一面で紹介されるなど、NHKでも報道され注目を集めました。
抽選会当日は、大変な数の購入希望者が列をなして大騒ぎとなりました。
そのことも連日報道されて、定期借地権が大変注目を集めました。
その中で、一番注目を集めたのがどんな人がこの分譲地を買うのかという事でした。
分譲地は、大宮駅から徒歩20分で土地の面積は夫々50坪建物面積は38坪といった物件でした。
当時は、平成4年にバブルがはじけたと言われていましたが、土地の価格はなかなか下がりませんでした。
この周辺の土地価格は、1坪(3.3平方)当たり100万円でしたので、分譲地の土地面積は50坪ですから、所有権で買えば5000万円、それに積水ハウスの建物38坪でから建物価格2500万円として、トータル7500万円といったところでした。
勿論、所有権分譲であれば土地の面積を30坪にして、建物面積を30坪で売り出すと多くの建売業者は考えたでしょう。

定期借地権分譲の販売価格

私が設定した価格は、保証金1500万円+建物代金2500万円+毎月地代3万円
保証金は、アパートの敷金の役割の物ですから、50年という契約期間が満了すれば、無利子で返還されるものです。
それ以外にも、途中で定期借地権を売却時には、買主に保証金額も含めることが出来ます。
尚、契約期間内に建物を解体して、更地にすれば保証金は返還されるという仕組みでした。
当時は建設省(現在国土交通省)宅地企画室の支援を得て、定期借地権の相続評価・補償金に関する所得税の在り方について、国税庁から通達を出していただきました。

一般定期借地権設定契約を作成


契約書は、弁護士江口正夫先生、吉田修平先生から助言をいただき私がワープロで作成しました。
税務に関しては、税理士の本郷 尚先生の助言をいただきました。
当時は、連日のようにメディアや他の住宅メーカーや長谷川工務店、東京住宅等のマンションデベロッパーが事務所に来られて対応に追われたものでした。
講演依頼も多数いただき、可能な限りお受けしました。

購入者はどんな人


メディアが注目した購入者ですが、各区画の平均倍率15倍の中幸運にも当選した方々は、銀行の支店長や弁護士、税理士、教職員など、世間では知識人と言われる方々でした。
そう言えば積水ハウスの社員もいました。断っておきますが、不正はしておりません。
その後は、何年間か定期借地権のブームは続きました。しかし、現在ではコンビニやロードサイド、ショッピングモールなど事業用定期借地権の利用は大幅に増加していますし、マンション分譲においても定期借地権は活用されています。特別養護老人ホームや保育園なのでの利用例も沢山あります。しかし、定期借地権による戸建て分譲はほとんど見当たらなくなってきました。

埼玉県定期借地借家権推進機構 理事 株式会社ライフステージらしく代表保有資格
不動産コンサルティングマスター、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー、定借上級アドバイザー、FP技能士2級

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