還暦おやじのスタディアブロードWith ウクレレ㊼
自己紹介の目的は?
今日は水曜日なので、食堂ではイベントの準備が進められていた。今回のMCは、ケンが担当するみたいで、スタッフTシャツを着た彼が輪の中心にいてペーパーをみながら皆に指示をしていた。
高齢者テーブルでは、朝練メンバーに加えてチャックが談笑していた。中級者テーブルには、岡山県から参加していると言っていたサトエがノートを見ながら、不安そうにポツンと一人で座っていたので、彼女に「Is this seat taken?」この席は空いていますか?と聞いた。
彼女から「No, it isn’t. You can use it.」いいえ、使っていません。どうぞ座ってください。といわれて、隣に座った。
鍵:「How’s learning English going?」英語の学習はどうですか?
サ:「Good. You?」うまくいっています。あなたは?
鍵:「Me too. Thank you.」僕もだよ、ありがとう。
サ:「Good for you.」それは、良かったです。
鍵:「Can I look at the paper?」その紙を見せてくれる。
サ:「Sure. Here it is.」どうぞ、はい。
鍵:「When did you talk your grandfather last?」おじいちゃんに最後に会ったのは何時?
サ:「Maybe it’s when I was in the junior high school, I think.」多分、私が中学生の時だったと思います。
鍵:「You’ve always liked him. right?」おじいちゃんの事ずっと好きなんだね。
サ:「Definitely, yes. He was a kind person. I’ve never seen him angry. I miss him.」はい、その通りです。とてもやさしい人でした。怒っているのを見たことがないです。おじいちゃんが恋しいです。
そうだ、このイベントの時は日本語を使ってもOKなんだと気づいて日本語で話しかけた。
鍵:「少し緊張していますか?」
サ:「はい、とても緊張しているのです。」
鍵:「私は先週自己紹介をしましたが、やはり少し緊張しましたよ。」
サ:「フィリピンの先生からシゲの自己紹介は面白かったって聞きました。緊張を和らげるコツを教えてください。」
自己紹介では発音や文法上のミスをする事が大切!
鍵:「そうですね。コツは上手く教えられないけど、僕は発音や文法で沢山のミスをしたことで、その後いろんな人から声を掛けて貰えるようになり、楽しく毎日を過ごしていますよ。」
サ:「どういうことですか?」
鍵:「私はネイティブみたいな発音で文法も完璧な自己紹介をする人は、凄い人だと思いますが友達になりたいとは思いません。もし、話をするなら楽しい人がいい、おおらかな人がいい。」
サ:「そう思います。私は英語をストイックに勉強している人とはなるべく距離を置くことにしています。何故かというとそういう人たちと話をしていていると、発音や文法でのミスをその場で指摘したりするからです。私は10代だから仕方なのですが、明らかなマウンティングを受けることが多いです。」
鍵:「マウンティングって今の若い人たちは普通に使うようになったね。僕らの時代は上から目線と言っていましたよ。僕は高齢者なのでダイレクトに指摘された経験はないけれど、そういう人たちはこちらの間違いを発見すると、あんた大丈夫かってあきれたような顔をするのですよ。」
サ:「はい、私の後輩にそんな子います。」
鍵:「ここでも最近そんな経験をしましたよ。学習者と話している時に「I’m excited.」というところを「I’m exciting.」と間違って使ってしまったら、明らかにそのような顔をされました。そんなことがあったあとは、その人と話すときは発音や文法のミスをしないことに集中しなければならないので、話をすることが苦痛になってしまいますよ。」
サ:「私も同じミスを今朝やっちゃいました。I’m scared.をI’m scary.と言ってしまいました。先生には、私って怖い人よ!って伝わったかもです。」
鍵:「それって間違いやすいですね。レッスンで間違えて使ってしまって、テキストの”Shocking pink”は間違いという解説を読まされましたよ。私にとってはショッキングでしたよ。わっはっは」
サ:「うふふ。」
鍵:「私は折角スタディアブロードとしてマニラに来ているのだから、出来るだけ多くのフィリピン人と会話を楽しみたいですが、その場合でも明るい性格で話題が豊富、それに英語のミスに寛容な人がいいです。
英語はコミュニケーションツールなので、思いや話の内容が相手に通じればそれでよしなので。」
サ:「そういえば、フィリピンの先生が “私は英語ネイティブではないので、新しい単語や表現方法が変わってくるので日々勉強しても追いつかない、生徒さんの方から教えて貰う事も多い”と英会話を教えることの難しさを話してくれました。言われてみれば、言葉は生き物ですから。」
鍵:「私は今の若者の言葉は分かりませんよ。」
サ:「そうでしょうね。私も今の高校生の使っている言葉は分かりませんから。」
鍵:「えっ、そうなんですか。笑うしかないですね。」
サ:「そうです。アニメからどんどん新しい言葉が生まれてきているようなのです。」
鍵:「そうですか。話がそれてしまいましたが、僕は自己紹介に関しては、凄い人と思われるよりも、付き合いやすい人、楽しい人と思ってもらえる為のプレゼンと考えています。ですから私の自己紹介を聞いて、この人と話がしてみたいと思ってもらえることが出来たらプレゼンとしては成功だと考えているのです。
だから間違えても良いのですよ。英会話能力よりも人間性を披露する場なのですから。そう考えると肩ひじを張らずに自然体でいられますよ。
先週はそんなプレゼンをしました。そして、今多くの人から話がしたいというオファーがあり会話を楽しんでいますよ。
しかし残念ながら会話はほとんど日本語なので、日本にいるのではないかと錯覚しちゃいそうで困っていますよ。わっはっはっはっ。」
サ:「ありがとうございます。凄く気が楽になりました。」
鍵:「サトエ、リラックスした可愛い顔に戻りましたよ。それに岡山のふるさとTシャツも凄く似合っている。明るく話すと岡山のアピールになるよ。自己紹介を楽しんでね。」
サ:「はい。岡山の観光案内気分でやってみます。応援してください。なんか、シゲが大好きだった祖父のように見えてきました。」
鍵:「それは良かった。Have fun!」楽しんでね。って言いながら私が右手の人差し指と中指でうまくいくようにという意味の「fingers crossed.」サインをしたのを見て、サトエが笑顔で私にウインクをしてくれた。
作務衣を着たおやじの自己紹介
自己紹介イベントの開始をケンが告げて英語で話し始めた。それによると、今日の発表者は二人の様だ。そうすると一人はサトエでもう一人は、私と同年代のおやじだ。
初めにおやじが紹介されて立ち上がったがその服装に驚かされた。彼は作務衣さむえをきてスタンドマイクと譜面台が設置されているところまで手ぶらでゆっくり歩いてきて、一礼して自己紹介が始まった。
しかしネイティブの様な発音とスピードで話すのでほとんど聞き取れなかった。それに加えて聞いたこともない単語が何度も出てくるので、内容を聞き取ろうとすることをあきらめた。
ケンの解説によると彼の名前はカズミで横須賀に住んでいて、パナソニックの電気店を経営している。その店を創業したのは父親で高校卒業して家業を手伝った。彼は英語の先生になりたかったが、長男なので家業を継ぐ以外の選択肢はなかった。若いころは趣味もなく仕事一筋で一生懸命に生きてきた。その為妻と一緒に旅行に行ったこともなかったが、妻の勧めもあって陶芸を始めてからは日本中の窯元を訪ね歩いている。
そしてボランティアとして奥様と一緒に在住外国人に日本語を教えたり、観光スポットを案内したりして、地元との人との交流が出来るように尽力している。
今では息子夫婦が店を切り盛りしてくれているので、今年中に息子に会社を譲って隠居しようと考えている。
そして市民ティチャーとしてボランティアで英会話を日本の将来を担う中学生に教えたいと思っている。しかし中学校で英会話を教えるためには資格が必要という規定があるので、英検1級を出来るだけ早く取得したい。
地元には米軍基地があり軍人さん達が利用するカレー屋さんでバイトをしていたので、ネイティブの英語に多く触れることが出来たことで、スピーキングとヒヤリングには自信がある。
しかし、ライティングとリーディングについては強化する必要があると感じているので、こちらで先生方のレッスンを毎日8時間受講して力をつけたい。家族も応援してくれているので、一生懸命頑張って自分の夢を実現したいという事だった。
日本の文化と焼き物の魅力について英語で熱く語った。
その中で彼は好きな焼き物が備前や益子であり、陶芸家としては濱田庄司の作品が好きだと話していたから素朴なものが好きなようだ。
そして最後に、地元横須賀の桜の名所の安針塚についても説明した。彼によると三浦按針は英国人でウイリアム・アダムスといい、徳川家康の家来となって領地を与えられ、外交顧問として砲術、造船術、航海術などの西洋文化を伝えた人という事だった。
自己紹介後は割れんばかりの拍手と鳴り物に包まれながら上級者テーブルに戻って行った。その場所でケンとカズミは暫くのあいだ話をしていた。スピーチの内容を確認しているようだった。
後日談だが彼の英会話はスラングやネイティブが使う慣用句が多くて、英語上級者の彼でも、フィリピンの先生にも分からない単語やフレーズがあったそうだ。
私が確認できた慣用句だけでも「Good chemistry.」相性がいい。「The world for me.」私にとって全てだ。「Hit the books.」一生懸命勉強する、というのを使っていた。
だから私レベルでは話の内容がほとんど聞き取れなく当然だと安心した。
それにしても彼のスピーチは流石に素晴らしくネイティブのようであったし、彼は私はこんな慣用句も知っているんだと自慢が出来て満足しているように見えた。確かに凄い人だと感心させられたがその割には拍手と鳴り物が少なかった気がした。
司会のケンがスタンドマイクのところまできて、カズミのスピーチについて日本語で解説するとともに英語で感想を述べた。作務衣と話の内容がマッチしていて、素晴らしかったとケンも私と同じように感じたようだった。
私は、サトエに備前なら岡山だからアピールのチャンスだねって告げた。
10代のサトエの自己紹介
ケンがサトエを紹介し始めた、サトエは笑顔だしリラックスしているように見えた。私は「I’m on your side. Have fun.」応援しているよ。楽しんで。と言ってグウタッチして送り出した。
サトエは名前を呼ばれて「Thanks Ken.」と言って立ち上がって、スタンドマイクのところまできて、譜面台にペーパーを置いてから一礼してスピーチを始めた。
笑顔でゆっくりとそして簡単で短いセンテンスと単語を使って話しているので、私でも内容が聞き取れた部分が多かったし好感が持てた。
彼女のスピーチの内容は、サトエという名前で19歳。現在、専門学校の観光コースの生徒で岡山県に父親と祖母と暮らしている。
彼女の名付け親は祖父であり、彼女は祖父が大好きでした。祖父は、市役所に勤めていて、趣味は英会話でした。それで休日はボランティアでツアーガイドをしていた。
私は祖父からツアーガイドの楽しさと英会話を教えて貰った。
祖父は外国人を家に泊めてあげたりすることもあったので、その人達が帰国した後も何人かと手紙のやり取りをしていた。
そんな祖父の姿をみていて、子供のころから祖父のように英会話が話せるようになってボランティアが出来るようになりたいと思っていた。
この春から地元の観光協会に就職が決まっている。
観光協会で働きたいと思ったのは、母が観光協会で働いていたと聞いていたからだ。
母は彼女が子供のころに亡くなったので、よく覚えていないが母と同じような仕事をしたいと思っていた。
そして岡山は、観光資源に恵まれているので、岡山県の旅の楽しみ方を案内したい。
例えば、天空の山城の備中松山城、日本三大庭園の岡山後楽園、倉敷美観地区、日本刀好きの方には、備前長船の資料館、焼き物なら備前焼、チョット足を延ばしてお隣の島根県の出雲大社と足立美術館の日本庭園も魅力的です。
そして、ボランティアとして、地元の窯元や商店街の人達に英会話を教えたい。あっ、すいません。ツアーガイドみたいになってしまいました。皆さん、岡山に遊びに来てください。その時は私が案内します。という内容だった。
始終笑顔で素晴らしいスピーチだった。時折、ペーパーを見ることもあったり、言葉に詰まったりした場面もあったがその都度、ペロッと舌を出すしぐさも可愛かった。「Keep it up.」や「頑張れその調子」という声に励まされて最後までやり切った。
割れんばかりの拍手と、鳴り物の中をサトエは、中級者テーブルに戻って来た。私はサトエとグウタッチをして席を立ったが、彼女の周には沢山の人が集まっていて、ハイタッチを交わしていた。
そのことがプレゼンの成功を物がたっていた。サトエ良かったね、と、おじいちゃんの顔になって食堂を後にした。
その日のイベントは日本語での解説と英語による講評及び司会者のケンの挨拶で終了した。
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