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「愛憎」を揺るがすのは信頼を裏切るとき

愛と憎しみは表裏一体。

似て非なるものではありますが、切り離せない感情。

気持ちが揺らされてひっくり返るとき、愛があればあるほど憎しみも同じくらいに出てきてしまうのです。

あんなにすきだったのに?。。元交際相手がストーカーになることもあるし、ファンがアンチになることもある。ハートマークが揺らいでバランスを崩してしまうのは、

信頼を裏切ったとき。

私はこう思います。

まず、信用信頼は別物と言っていいほどに異なる点があります。

信用は、理由があって信じること。
担保があるからとか、業績があるからとか。

信頼は、理由がなくても信じること。
日常の積み重ねや人間性を認めていくことによって、少しずつ少しずつ固まっていくもの。なんだか、似たようなものをテレビで見たことがあるのですが、それが「大人のつくる泥団子」。

採取する泥や水分の配合まで調整され、年単位で手入れをされた泥団子で、完っ全な球体に成形されています。さらに磨きかけられてツヤツヤなのです。チョコボールのような、ドラゴンボールのような。

という、マニアックな例えをしてしまいましたが、、

信頼する方も、信頼される方と同等に責任をもって大事に信頼関係を築きます。「付き合ってるからお互い信頼して当然」というのは信頼関係ではなく、交際関係を理由として「信用」しているように思います。

もちろん交際関係では、ほぼ信頼関係まで発展していくものです。すごく幸せで、安心できて、ずっと一緒にいたいですよね。「すきに理由なんてない」といったところだと思います。その通り。

その信頼関係が破綻すると、当然交際関係も破綻します。
ここで、破綻の仕方が破局時には重要です。

「こういう理由で、信頼性が落ちていって、、」と、少しずつ価値観のずれや性格の不一致などの理由がみえてくると、お互い学びにもなるし、どちらかのせいということもなく、静かに終わっていきます。泥団子がほころんでいくような。ハートマークも揺らぐというよりしぼんでいくんでしょうか。憎むことはそうないと思います。

もし信頼が裏切られるとなると、それはもう泥団子を一刀両断したようなもので、ハートマークは激震。しぼめば憎むこともなかったのに、、

信頼関係にある相手にそんな激震的な何かをしてしまうのは、急なことでもあるしとても冷静ではいられないし、おそらく裏切ったほうがわりと悪いことをしているものです。

その点へ理解を示せば、きっと憎しみも落ち着いてきます。悪気がなかったり、理解に及んでいない状態が1番罪深いし憎まれるのでは、、と、思います。

なんにせよ、どんなときでも「思いやり(相手の気持ちを考える)」に尽きるものです。

信頼関係って、普通にしていればすばらしいものです。
たとえこじれたからって全て憎しみには変わりません。

必ず理由や気持ちの問題があるはずで、
それは自分がそうであるように、相手も同じことです。

大事な人を大事にできる自分でいるのが1番です☺

2018.3.9 さいちゃんより

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