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ドラマ『ゴールデンカムイ』のアイヌ語を読んでみよう!

北大言語学サークル所属のもけけです。
遂に、連続ドラマW『ゴールデンカムイ ―北海道刺青囚人争奪編―』始まりましたね!
原作漫画を知らずに「中川裕先生が監修に入ってるらしいな」くらいの感じで映画館に行き、豪華なキャスト陣と手の込んだ美術・演出に驚いてから早くも九ヶ月、ドラマもとっても面白いです!

今回の記事では、ドラマ第一話で、アシㇼパさんのフチ(祖母)がウパㇱクマ(言い伝え)を語っていたシーンのセリフを解説します!
解説と言っても、私自身、大学の授業やサークル活動の中でアイヌ語を学習している程度の初学者なので、ご批判等あれば是非ご教示ください。


フチのウパㇱクマ

早速ですが、劇中でフチによって語られていたウパㇱクマの本文と意味を確認していきましょう。
それぞれの段に書いた内容は、次のようになっています。

一段目:筆者のリスニングによるセリフのローマ字転写
二段目:一段目のローマ字のカタカナ翻字
三段目:国立アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブによる単語の意味
四段目:ドラマ本編の字幕における日本語訳

kamuy cep an kusu keray
カムイ チェㇷ゚ アン クス ケライ
神 魚 いる したおかげで(kusu kerayで熟語として記載)
神の魚がいるおかげで

aokay siknu-an pe ne
アオカイ シㇰヌ-アン ペ ネ
私たち(aokaとして記載) 生きる-一人称複数 もの だ
私たちは生きているのだ

korka hentomaniwano
コㇿカ ヘントマニワノ
けれども いつの頃からか
でもある時から

kamuy cep somo hemespa
カムイ チェㇷ゚ ソモ ヘメㇱパ
神 魚 しない 上る(複数)
神の魚が川を昇って来なくなった

okkay utar konkane uwomare wa
オッカイ ウタㇻ コンカネ ウウォマレ ワ
男 人々 金 集める して
男たちが砂金を採って

wakka icakkerere wa kusu
ワッカ イチャッケレレ ワ クス
水 汚す したから(wa kusuで熟語として記載)
水を汚したせいだ

解説

ここでは、アイヌ語の音韻や文法に関するトピックの中から、上のテキストの中でも見られるものについて、いくつか取り上げて解説していきます。

カタカナ表記

佐藤(2008: 5)によれば、アイヌ語に固有の文字は無く、現在ではローマ字かカタカナで表記されています。

カタカナ表記のうち、小書きのカタカナは、主に以下のような場合に用いられます。

アイヌ語の音節末における p, t, k などの子音は、内破音で発音され、小書きのカタカナ「ㇷ゚」「ッ」「ㇰ」で表記されます。
内破音とは、息の開放を伴わない破裂音のことです。日本語の「カッパ」を発音しようとして唇を開かずに息を止めてみると、内破音の p の発音が想像しやすいかもしれません。
今回のテキストでは、cep(チェㇷ゚) や siknu(シㇰヌ) が該当します。

なお、okkay(オッカイ) や wakka(ワッカ) などは、原則から言えば、オㇰカイやワㇰカのように表記されるはずですが、ここでは慣習に従って「ッ」で表記する方針を採っています。

また、音節末の s は、英単語の bus(バス) のように単なる「歯茎摩擦音」として発音されるのではなく、日本語の「シ」の子音に近いような響きで発音され、小書きのカタカナ「ㇱ」を用いて表記されます。
今回のテキストでは、hemespa(ヘメㇱパ) が該当します。

子音 r の発音

その他に小書きのカタカナが用いられる場合として、音節末の r が挙げられます。
アイヌ語の音節末の r の発音には、大きな揺れがあります。具体的には、はじき音やたたき音、ふるえ音などの発音の揺れがあるのに加えて、直前の母音と似た母音が r の後に続く場合もあります。
今回のドラマの中では、かなり鮮明に直前の母音が発音されているように感じられました。

カタカナ表記では、しばしば、直前の母音に合わせて、小書きの「ㇻ、ㇼ、ㇽ、ㇾ、ㇿ」が用いられます。
例えば、今回のテキストにおける utar(ウタㇻ) は、r の直前の母音である a の音色が r の後にも影響して utara のような発音になり得るため、このように表記されます。
アシㇼパさんの名前の「ㇼ」も同様に、前の母音 i の影響を受けているわけですね。

語順

アイヌ語の平叙文における典型的な語順は、SOV語順です。
例えば、今回のテキストの文を用いると、以下のようになります。

例文1
(S) okkay utar (O) konkane (V) uwomare
(S) 男たちが (O) 砂金を (V) 採る

関連して、この例文を見ると、日本語の文における「格助詞」にあたる形式がアイヌ語の文には見られないことが分かります。主語や目的語などの文法関係は、アイヌ語においては、主として語順や文脈によって判断されます。

人称接辞

アイヌ語は、主語や目的語に関して、一人称・二人称・三人称などの人称を必ず標示する必要があるタイプの言語です。
人称の標示には、英語などに見られるような「人称代名詞」ではなく、動詞に付加される「人称接辞」と呼ばれる形式が用いられます。
今回のテキストでは、人称代名詞 aokay が登場していますが、特に強調の意味を表す場合以外は、通常、人称代名詞は使われません。

今回のテキストの中では、siknu-an に人称接辞が見られます。接尾辞 -an は包括的(聞き手を含む)一人称複数を示す形式です。
こうした人称接辞は単独では用いられず、動詞と人称接辞との間に他の語を置くこともできません。このように「自立性が低い」ことから、アイヌ語学では、代名詞ではなく「接辞」という呼称が用いられます。

なお、今回のテキストの中では、人称接辞が付加されていない動詞も見受けられます。これは人称が標示されていないというわけではなく、アイヌ語学では「何も付いていない」ことが「三人称を表す」のだと考えます。
前章の例文1も、主語は「男たち」と三人称であるため、動詞 uwomare には人称接辞は付加されていません。

動詞の単複

アイヌ語の動詞の中には、単数形と複数形で形式の区別があるものが存在します。

今回のテキストでは、hemespa が該当します。
hemespa は、単数の場合は hemesu という形式になります。
自動詞である hemespa の単複は主語の単複と一致し、kamuy cep が複数であるということを示しています。

日本語との関係

アイヌ語は、他の言語との系統関係が証明されていない「孤立した言語」ですが、日本語との借用関係が見られる語もあります。
今回のテキストでは、konkane が該当し、日本語の「黄金(こがね)」から借用されたと考えられています。

まとめ

最後までお読みいただきありがとうございました!
今回の記事を通して、少しでもアイヌ語への理解を深めていただけたならば嬉しく思います。

もしアイヌ語に興味を持ってくださった方がいましたら、当サークルの会員が執筆した、四回に亘るアイヌ語の概説記事も是非ご覧ください!

また、当サークルに関しても、サークル公式noteサークル公式Xにて情報を発信しております。

ドラマ『ゴールデンカムイ』は、現在のところ、全九話のうちの第六話まで配信されています!
気になってはいたけど観られていないという方も、この記事でドラマの存在を知ったという方も、是非この機会に観始めてみませんか?
既に視聴されている方も、次のエピソードを待つ間に、第一話のウパㇱクマをおさらいしてみてはいかがでしょうか!

文献

  • 国立アイヌ民族博物館・アイヌ民族文化財団(2017)「国立アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブ」(10月12日閲覧)
    URL: https://ainugo.nam.go.jp/

  • 佐藤知己(2008)『アイヌ語文法の基礎』大学書林

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