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アイヌ語 輪読会レポ #6

北大言語学サークル所属のもけけです。
本記事は、4月16日に行われた第6回アイヌ語輪読会の学習記です。
第6回では、第16課「命令文」、第17課「疑問文」、第18課「主格・目的格人称変化」の内容を扱いました。


学習内容

第16課「命令文」

佐藤(2008: 128)によれば、命令文は、動詞の命令形(主格人称接辞の付いていない形)を用いて作られます。また、三人称で無標の形式からは文脈やイントネーションによって区別されます。

なお、他動詞の命令文に関しては、目的格人称接辞が付くのかどうかや、単複の区別のある他動詞で何によって区別されるのかなどの疑問も出されたので、今後の学習で用例があれば確認したいです。
また、丁寧さを表す形式と複数を表す形式の関連については、通言語的な普遍性も感じられて興味深かったです。

テキストでは他の命令表現の構文も挙げられていますが、輪読会では、副詞 ikiyan による禁止表現についての疑問が出されました。
具体的には、ikiyan が i-ki-yan に由来する形式であると考えるなら、言語形式の内部要素の総和としては単に命令の意味しか感じられず、禁止の意味で使われるのが不思議だという疑問です。
この点については「文法化」や「構文文法」の視点から着想を得て意見が交わされました。

第17課「疑問文」

佐藤(2008: 134)によれば、アイヌ語の疑問文は上昇イントネーション、疑問の終助詞 ya、名詞化辞 ruwe, hawe, siri, humi などの複数の方法によって作ることができます

輪読会では、雅語での用例や名詞化辞の使い分け、疑問文でのコピュラ・存在動詞の使用などについて意見が交わされましたが、ここでは「名詞化辞と形式名詞という記述の基準」について話し合われた試案を整理してみたいと思います。

まず、前述のように、教科書では ruwe を始めとする形式は名詞化辞と扱われます。後の22課では、具体的な意味が低下していて独立性が低いことや関係節化を受けることができないことを基準として名詞化辞という分類を設定しています。一方の形式名詞は、名詞化辞よりも意味が具体的で関係節化を受けることができるという特徴によって名詞化辞から区別できるものとされています。(佐藤 2008: 175, 180)

輪読会で話し合われたのは、文構造の記述の簡潔さに注目したものでした。
節(SOV) ruwe ne na. のような文を考えるとき、大まかに二通りの記述が考えられるのではないかと思います。
① ruwe は前置された連体修飾の従属節の修飾を受ける名詞(形式名詞)であり、文全体は複文構造である。こうした考え方は、日本語の形式名詞や準体助詞とも似たようなものと考えられるかもしれない。
② ruwe は前置された節を名詞化するマーカーとしての名詞化辞であり、文全体としては一種の単文構造のように考えられる。この場合は補文標識のように考えることもできるかもしれない。
ここでは、②のモデルの方が文構造を単純に説明することができています。また、仮に①のように考えた場合、情報上重要なのは従属節の方だと考えることになり、文構造とのズレが生じてしまいます。
輪読会では、このような観点からも ruwe を名詞化辞と扱う蓋然性があるのではないかと考えました。

第18課「主格・目的格人称変化」

佐藤(2008: 145)は、他動詞では単に主格人称接辞と目的格人称接辞を付加すれば済むわけではなく、実際には種々の例外が生じるため、主格・目的格人称接辞を設定する必要があるとしています。

また、厳密には、以前の章で単独で想定されていた主格や目的格の人称接辞も「目的語や主語が三人称で無標である場合の主格目的格人称接辞」と考えるべきだともされています。(佐藤 2008: 145-146)
一方で、この説明に関しては、自動詞主格のパラダイムにのみ現れる人称接辞の形式が存在するという点をもって疑義も出されていました。

さらに、三項動詞が二つの目的語を同時に標示することができないという点に関しては、アイヌ語動詞の項としてどのような形式が認められ得るのかについての意見が交わされました。

まとめ

以上で見てきたように、今回の輪読会でもアイヌ語の文法について様々な角度から話し合うことができ、特にアイヌ語の名詞化辞の認定を中心に意見が交わされました。

なお、名詞化辞 ruwe に関しては、疑問文の構文で「主要部内在型関係節」のようにも見える構造と共起するものがあり、典型的な主要部外在型の関係節に限らずに記述を行うことも考え得るのかもしれないと感じました。

文献

  • 佐藤知己(2008)『アイヌ語文法の基礎』大学書林

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