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ムーンライダーズとの蜜月
ライダーズを知ったのはいつ頃だろう。
小学生の頃、松武秀樹の著書「たった1人のフルバンド」にて「葉っぱに硝酸のしずくが落ちるみたいな抽象的なリクエストにもこたえてくれる」みたいなコメントを寄せていて、そんな音を欲しがるバンドはどんな音なのだろう、と興味を持ったのが始まりか。
実際に意識して聴いたのは中学1年の夏。引っ越した先のレコード店で東京一は日本一を購入。そして最終曲「エレファント」を聴いて、ソニーのラジカセCM曲として既に耳にしていたことがわかる。
雑誌ミュージックステディのインタビュー記事で「マニラ・マニエラ」発売中止を知り、そののちリリースされた「青空百景」でリアルタイムに聴くように。
「カメラ=万年筆」「ヌーベルバーグ」「火の玉ボーイ」「イスタンブール・マンボ」辺りは遡る形でレコードを購入。
冬樹社よりカセットブックの形態で発売された際に「マニラマニエラ」は手に入れた。
「アマチュアアカデミー」「アニマルインデクス」はリリースリアルタイムで。「Don't Trust Over Thirty」は名作にもかかわらず後にCDを買うまで未購入。高校生の頃か、レンタルレコードで済ませた記憶がある。
続く「最後の晩餐」から「dis-coverd」までリリースのタイミングで購入はしていたものの、最後の晩餐以降は以前ほどのめり込んで聴くことはなくなった。
いわゆるニューウェイブ期が私にとってのライダーズのインプリンティングで、お手本がなくなって以降独自の音楽性を深化させていく様子は以前ほどの親密さを感じなくなってしまったようだ。
もちろん楽曲単位で好きなものもあるし、前述以降のアルバムも買って聴いたりもしているのだけれど、中高から20代前半くらいの距離ではなくなってしまったということだ。
歳を取った分、知った音楽も増えて聴きたいなと思う選択肢が増えて、ライダーズに割り振られる時間が減ったというのもあるだろう。
その昔、漫画家・まついなつきが、多分ソロアルバムについてのコメントで、「橿淵哲郎の曲は、期待をちょっとはぐらかすようなメロディ」と、評していて妙に納得した記憶がある。ライダーズの魅力の一つとして、私は彼のメロディが好きなのだ。