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どうぶつたちの反応も良い……「あつ森」の自由なジェンダー選択が教えてくれること

無人島での暮らしを楽しむゲーム「あつまれどうぶつの森(以下あつ森)」は今年3月の発売以降、世界的な人気を博してきた。コロナ禍の中、直接顔を合わせなくても遠くの友人や家族とインターネットを介してコミュニケーションが取れるなどステイホームの期間を楽しませてくれたゲームの一つに違いない。

すでに知っている方が多いだろうが、あつ森では何をして楽しむかは各プレーヤーの選択によって決められる。DIYをして家具や道具を作ったり、化石を掘ったり、美術品を収集してみたり、他の島に遊びに行ったり。

無人島では、いろいろな選択肢がある。こうしなさいと従うべきストーリーも存在しない。あつ森は限りなく自由度が高いゲームである。

自由なジェンダー選択と、どうぶつたちの反応

その高い自由度は、プレーヤーのアバター自体にも反映されている。プレーヤーは、ゲーム内でアバターのジェンダーを自由に変えることができるのだ。ゲームでは最初に「おとこのこ」か「おんなのこ」かを選ばなければいけないが、選んだ性別は鏡やドレッサーの前でいつでも何度でも変更可能である。一度プレーを止めて設定画面に飛ぶ必要すらない。ゲームのストーリー内で自由に性別を変更するような設定があるのは、画期的だと言えるだろう。

さらに、英語版では「どちらかのスタイルを選んでください」という文章のもと、髪の短いキャラクターとポニーテールのキャラクターの二つのアイコンが並んでいるだけであり、「おとこのこ」「おんなのこ」などの性別を表す文言は表示されない仕様となっている。

また、選択した性別にかかわらず様々なファッション・髪型を楽しむことができるのもあつ森の特徴であろう。選択したのが「おとこのこ」であってもスカートやワンピースを着てポニーテールや三つ編みなどの可愛らしい髪型にセットにできるし、「おんなのこ」を選んでもツーブロや短く刈り込んだスタイルを選択してクールなファッションを楽しむことが可能だ。

もちろん、そうすることで見た目に違和感が生まれたりはしない。そもそも性別を変更することでアバターの体の特徴が変わるということがないのだ。「おとこのこ」も「おんなのこ」もみな同じ体型である。

実際にプレーしていて感動したのが、プレーヤーが性別を変更したり、自由に服装・髪型を楽しんでいる時に、島のどうぶつたちが驚いたり不思議がるような反応をすることは一切ないということだ。

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服を販売するお店で、「おとこのこ」のアバターがスカートやワンピースを身につけても、店員は「似合っています」などの肯定的なコメントしか返さない。髪のスタイルを変えた後に島を歩いていると、「ヘアスタイル変えたんだね」と住民に反応されることはあるが、それについて否定するようなことは言われない。

島のどうぶつたちは、性別を変えたことについても、わざわざ何か言ってくることはしない。どんなジェンダーで、どんな格好をしようとも、違和を抱かせない世界があつ森にはある。

あつ森の仕様から読み取れること

以上のようなゲーム内の仕様は、〈トランスすること〉であると読み取ることができる。

トランスジェンダー・スタディーズやクィア理論等を専門とする古怒田望人氏の説明によると、〈トランスすること〉は、ある性別から別の性別へと「移行 transition」という意味だけではなく、社会や文化が形成する男女の規範を「超越 transcend」「侵略 trangress」するという意味も含まれる。男らしさや女らしさといった性別に縛られないゲーム仕様は、まさに〈トランスすること〉であると言っていいだろう。 

自分が感じる性や姿を表現することは、ジェンダーアイデンティティの形成と密接に関わる。ゲーム内での自由なジェンダー表象が、男女の表現の枠組みに揺らぎを引き起こし、クィアなジェンダーを作り出すのだ。

あつ森の開発ディレクターの一人であるNitendo京極あや氏はワシントンポストのインタビューで「プレーヤーがジェンダーについて考えなくてもいいし、プレーヤーがジェンダーを意識したいのならそうできるようなゲームを作りたかった」と話している。

このゲームは、プレーヤーが認めるにしろ認めないにしろ、そのような意識のもと作られたのだ。さらに、ゲーム内でさまざまなジェンダー表象を自由に試すことで、自身がトランスジェンダーであることに気づいたという体験談がネット上で話題になったように、ゲームの仕様が現実世界にもたらす影響も見逃せない。 

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あつ森と〈トランスすること〉についてつぶやくと……

あつ森における〈トランスすること〉やジェンダーの自由さについてはすでに多くの人から指摘されてきている。筆者の友人であるシンホ氏も、あつ森における〈トランスすること〉について指摘を行った

しかし、この投稿をしたことによって、同氏はインターネット上で多くの批判を受けた。「それはただカスタマイズの自由度が高いだけだ」「ゲーム内で性別を変えることができるだけで、トランスジェンダーとは無関係」など、ゲーム内の仕様を〈トランスすること〉と読むことに反対する意見が多く寄せられた。

このような批判については、「ゲーム内の性別変更の仕様は認めるが、それを〈トランスすること〉として読まれることを許さない」批判が発生する背景に目を向ける必要がある。

トランスジェンダーについては、クィア理論やフェミニズムに関心のある人なら、昨今尽きることのない話題の一つとして認識しているだろう。残念ながら、トランスジェンダーの人々が男女二元論を強めるという誤った主張をし、性犯罪を引き合いに出してトランスジェンダーを攻撃するフェミニストも少なくない。

ここ数ヶ月の間にも、フェミニズムを扱うメディアがトランスジェンダーに排除的な論考をホームページに掲載したり、世界的に有名なフェミニスト作家が自身の作品でトランスジェンダーへの誤った理解を生むようなキャラクターを登場させたりと、誤ったトランスジェンダーへの理解が何度も表出している。

もちろんそれらは逐一批判されるが、そこに加担する人もいて、トランスジェンダー排除的な言説が日々インターネット上には尽きない。

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シンホ氏のツイートにたいして、〈トランスすること〉と読むことを認めないコメントが多く集められたのも、そのような傾向の上にあるものだろう。

しかし、いくらトランスジェンダーや〈トランスすること〉を否定しても、実際に社会に存在する人や事象をなかったことにはできないし、クィア・リーディングを妨げることはできない。

ジェンダーを超克できるように作られたあつ森は、ゲーム内にとどまらず、プレーヤーが生きる現実世界にまで届く認識の揺らぎを引き起こす可能性に満ちている。あつ森をプレーすることで、プレーヤーは「男とは」「女とは」という社会や文化が構成してきた枠組みに気づくかもしれないし、現実世界のクィアなジェンダーを意識することがあるかもしれない。

そして、その認識に気づくのを助けるのが、クィア・リーディングなのだ。

社会が聞いてこなかった声に耳を澄まそうとする実践

クィア・リーディングとは、社会が聞かなかったことにしてきた人々の声に耳を澄まそうとする実践である。本稿ではゲームの仕様から〈トランスすること〉を読み取ることを紹介したが、このクィア・リーディングが聞こうとしているのは、トランスジェンダーを含むクィアの人々の声だ。

あつ森を楽しむプレーヤーは、筆者やシンホ氏のようなクィア・リーディングをしてもいいし、しなくてもいい。しかし、そうやって読み解かれたものは否定されるべきではない。実際にこの世界には、あつ森の世界のように、人生というストーリー内で性別を変える人も、自分が望む姿を追求する人も存在している。

あつ森をクィア・リーディングすることは、日本でもまだまだいなかったことにされ、不当な闘争の攻撃の的にされているトランスジェンダーについて考える機会になるのではないか。あつ森とクィア・リーディングと題した本稿が、あつ森を楽しむ多くの人々に届き、クィア当事者の存在の声に耳を澄ますきっかけになれば幸いである。

最後に、トランスジェンダーまたはジェンダークィア当事者たちの「声」にアクセスできるメディアをいくつか紹介しておく。

先程紹介した古怒田望人氏の「トランスジェンダーとは何を意味するのか?」の記事は、「トランスジェンダー」という言葉から、メディアなどでしばしば「性同一性障害」として捕捉されがちなトランスジェンダーへの再考を促す。

ゆな氏の「すでに隣人である私からすでに隣人であるあなた達へ」をはじめとするブログ記事の数々は、ネット上のトランスジェンダーをめぐる議論を見る前にチェックしてほしい。ネット上の議論はしばしば当事者を置いてけぼりにしていることが多いので、当事者の声を一番に聞いてほしい。

Netflix「Disclosure」は、映画業界におけるトランスジェンダー表象を取り扱った大変優れたドキュメンタリー映画である。今回私が寄稿させていただいたSisterleeにも「Disclosure」評が掲載されており、映画の内容がわかりやすく要約されているので、Netflixに加入していない方はぜひそちらを読んでほしい。 

執筆=sm
画像=3枚目はReddit投稿より、その他Unsplashより

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