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Chillwave史カンタン入門

 2000年代後半、アメリカのリーマンブラザーズ社が展開していた低所得者向けの住宅ローンが破綻し、世界的に大規模な金融危機が発生しました。暗い未来から目を背け、過去の輝かしい時代へ回帰する。そんな世代の最初のムーブメントがインターネットから発生します。今日は短期間のムーブメントに留まりながらも、現在まで音楽シーンに強く影響を残している「Chillwave(チルウェイヴ)」というジャンルの音楽について、おすすめのアーティストや楽曲を紹介しながら簡単に解説してみようと思います。

※インターネットから発生したジャンルという特性上、その起源や代表的なアーティストなど、人によって様々な解釈があり、その全てを総括するのが非常に難しいです。簡単な解説かつ、間違った部分が含まれている可能性がありますが、ご了承の上閲覧いただけると嬉しいです。


Chillwaveというジャンルについて

 80年代のポップスを思い起こさせるようなレトロかつチープなシンセサイザーサウンドや、あえてノイズやテープの劣化といった表現を用い、ノスタルジーの概念を浮遊感のあるサウンドにより表現したジャンルです。共通したテーマとしては、夏やビーチが用いられることが多く、現実からの逃避を感じさせるような世界観が特徴です。2009年に、英語圏の音楽ブログである「Hipster Runoff(現在は閉鎖)」にて「Chillwave」と名付けられたことで誕生しました。2011年頃までの短い期間に、小規模ながらもインターネット上でムーヴメントを起こし、Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)やWitch house(ウィッチハウス)といった数多くのサブジャンルにも派生しました。2018年以降にムーブメントが巻き起こったCity Pop(シティポップ)のリバイバルや、LoFi Hip Hop(ローファイヒップホップ)といったジャンルにも影響を与えました。まずは「こういうジャンルだよ〜」というのを簡単に掴んでいただくために、Chillwaveの代表的なアーティストであるWashed Outの名盤、Life Of Leisureから、「Feel It All Around」をご紹介します。

 

前史

 Chillwaveは数多くの文脈の上に成り立っているジャンルです。その下地となったものは古く、直接的な影響元になると、ロックミュージックのサブジャンルとして1980年代から発生したDream Pop(ドリームポップ)やShoegaze(シューゲイザー)といったジャンルが挙げられます。これらもChillwaveと同様、リバーブなどの空間系エフェクターを多用し、輪郭を曖昧にした浮遊感のあるサウンドが特徴的です。実際、Chillwaveというジャンル名が考案されるまではそれらのジャンルと境界線が曖昧であり、エレクトロニックな要素が強くありつつもShoegazeとジャンル分けされたり、Ambient(アンビエント)として分類されることがありました。

 1990年代後半に入ると、散発的ではありますが、70〜80年代のディスコサウンドに影響を受けた楽曲や、中古で低価格の録音機材を用いた、ローファイサウンドの音楽がインディーズのアーティストから発表されるようになります。

Chillwaveのゴッドファーザー(1990年代後半〜2000年代初頭)

 Chillwave黎明期の代表的なアーティストのひとりに、Ariel Pinkがいます。1996年、10代の彼は自宅のガレージでポータブルカセットレコーダーによる音楽制作を始め、その後8年間で500曲あまりの作品をレコーディングしました。2004年にAnimal CollectiveのAvey Tareが設立したインディペンデント系のレーベルである、Paw Tracksと契約しました。それまで、彼の曲を聴いたことがあるのは、彼の友人や家族といった親しい関係の人々に限られていました。Paw Tracksからファーストアルバム「The Doldrums」がリリースされ、Ariel Pinkの名前が大きく知られることになりました。

 「The Doldrums」の時点で、後のChillwaveやVapourwaveに繋がる空気感が感じ取れるかと思います。テープの質感や、幅広いジャンルからのサンプリング。ローファイな音質などは意図的に生み出されたものでは無いかもしれませんが、Ariel Pinkのサウンドは確実に後進のインディーズアーティストたちのお手本となりました。活動とともに知名度を獲得していった彼は、のちに”Chillwaveのゴッドファーザー”と呼ばれるほど、ジャンルに影響を与えます。そして、Ariel Pink以外にも、Chillwaveの黎明期を支えたアーティストが存在します。少し寄り道して、代表的なアーティストを二組ご紹介します。

Animal Collective

 Ariel Pinkの紹介の際にも少し登場しました。Paw Tracksを創設したAvey Tareが在籍しているバンドです。Indie pop(インディー・ポップ)、Psychedelic Rock(サイケデリック・ロック)としてジャンル分けをされることが多いバンドです。実験的で、打ち込みを積極的に取り入れたサウンドで、アルバム毎に楽しい進化を見せてくれます。2000年にリリースされた、ファーストアルバムの「Spirit They're Gone, Spirit They've Vanished」は宇宙との交信のようなサウンドですが、時折見せるシンセサイザーの優しい音色や、ダンスミュージック的なアプローチに、Chillwave的な要素を感じます。


Boards of Canada

 スコットランド出身のアーティスト。Electronica(エレクトロニカ)やAmbientのアーティストです。活動初期はカセットでのみ作品をリリースしていました。1998年にリリースされたファーストアルバム、「Music Has the Right to Children」では、既に完成された世界観と実験的なサウンドを聴くことができます。丸みを帯びたシンセサイザーのサウンドや、同じモチーフを繰り返すミニマルな展開がChillwaveにも通じます。


リーマンショックによる世界的な金融危機(2007〜2008)

 Chillwaveの発展の裏には、2000年代後半の世相も深く関わってきました。私は1999年に生まれたのですが、同世代か、それ以上の世代であれば、「リーマンショック」のことがよく記憶に残っているのではないでしょうか。

 2008年、アメリカの大手投資銀行であるリーマン・ブラザーズがサブプライムローンの破綻により倒産しました。サブプライムローンというのは、通常の住宅ローンでは審査に通らないような、社会的な信用が低い人々に対する住宅ローンです。アメリカでは2000年代初頭から2006年ごろにかけて住宅価格が高騰する、バブルが発生していました。信用が低い人に対するローンという性質上、通常の住宅ローンよりもリスクが高いのは明らかです。しかしながら、リーマン・ブラザーズやゴールドマン・サックスといった大手投資銀行は積極的にサブプライムローンの販売を行いました。通常のローンよりも利息が高く、その収益を求めたためです。まさにハイリスク・ハイリターン。事実、リーマン・ブラザーズの成長の一端や住宅バブルの発生はサブプライムローンの成功にありました。

 サブプライムローンは前述の通り、リスキーな商品でした。経済や住宅価格が上向きの時はそのリスクが表面化することはほとんど無かったのですが、前述の通り2006年ごろから住宅価格の上昇が停滞を始めます。そして、ローンの返済にも延滞が見られるようになりました。混乱は拡大を続け、ついにはリーマン・ブラザーズの倒産へと繋がります(他にも山ほど理由がありますが…)リーマン・ブラザーズだけでなく、アメリカの多くのメガバンクが危機に瀕することとなりました。このようにして始まった経済の綻びはアメリカだけでなく、世界的に影響を与える大規模な経済後退へとつながっていきます。大規模な金融危機は経済格差を広げ、アメリカだけで約870万人の失業者を出すことになります。そんな暗い状況の中、若者たちは未来に目を向けることをやめ、幸せだった幼少期や、ノスタルジーへの逃避を始めます。

Chillwaveというジャンルの確立(2009)

環境が整い、ついにChillwaveが誕生する。 

 2000年代に入り、インターネットが急速に普及を始めました。その結果、”音楽を制作して世界に発表する”という行為のハードルが驚くほど低くなりました。Ariel Pinkだけではなく、彼と同じように中古のテープレコーダーに録音したデモ音源を共有する。音楽家の卵が世界中のいろんな場所で、同時多発的に生まれたのです。インターネットの発達がもたらした進化は、なにもクリエイターに限った話ではありませんでした。リスナー側にも大きな変化を与えたのです。よりマイナーなジャンルの音楽や、古い時代の音楽を発掘することが容易になりました。さらには、マイナーな音楽を聴くリスナー同士で情報や意見を交換することが可能になりました。そういったムーヴメントはインディーズの音楽家に限らず、メインストリームで活躍するアーティストたちのサウンドをも多様にしていきました。古い時代のHip hopやDisco Musicに接近したKanye Westの「808s and Heartbreaks(2008)」は現在でも名作として高い評価を受けており、DrakeFrank Oceanといったアーティストに影響を与え、さらにはベッドルームで活躍するインディーズミュージシャンたちにMPC(AKAIのサンプラー)の可能性を見せました。

 金融危機の項でも触れた通り、2000年代後半は多くの若者の間でノスタルジーへの回帰が発生しました。そのタイミングで示された、Kanye Westによるディスコサウンドや、Ariel Pinkなどによるローファイなサウンドは、その回帰と見事なまでにマッチしました。初めて聴く音楽だけれど、初めての感じがしない。子どもの頃に聴いたことがあるような懐かしい感覚。Chillwaveは、この時代だからこそ生まれ、人々に支持された音楽でした。インターネット上で初めての音楽ムーヴメントとなるのに、これほど適した音楽はありませんでした。

「Chillwave」というジャンル名が生まれた

 SNSがまだまだ未発達の2000年代後半、インターネットでの情報発信のツールはブログが多かったように記憶しています(それより以前は個人サイトやBBSのイメージですね)。音楽における情報発信も同様で、この時期は音楽ブログが今よりも多く存在していたように記憶しています。そして、それは日本に限らず海外でも同じでした。ジャンルの概要でも説明した通り、「Chillwave」というジャンル名はかつて存在した音楽ブログ。「Hipster Runoff」によって名付けられました。このブログはCarlesという匿名のライターによって執筆されており、サブカルチャーやインディーズの音楽について、風刺や冷笑を込めて紹介していました。Carlesが「Chillwave」というジャンル名を発明したのは、Washed Outを紹介した記事においてのことでした。Washed Outの音楽性にハマりそうな単語を並べ、その中から造語を生み出したことを本人がインタビューにて語っています。

初期Chillwaveの3大アーティスト

 ついにChillwaveは無視できないほど大きいジャンルとなってきました。インターネット上で同時多発的に生まれたジャンルでしたが、その中でもジャンルを代表するアーティストが出てきました。彼らが示したサウンドはそのまま、後進のアーティストたちの指標となりました。初期Chillwaveを代表する3組のアーティストをご紹介します。

Washed Out

 この記事においてもう既に何度か名前が出ていますね。改めて紹介させていただきます。ジョージア州出身のErnest Greeneによるソロプロジェクトです。インディーミュージックの名門レーベル、Sub Pop(NirvanaやThe Afghan Whigsなどが過去に在籍)から最初のアルバム、「Within and Without」を2011年にリリースしました。この時のプロデューサーはBen H. Allen。彼はAnimal CollectiveやDeerhutnerを手がけたことで知られています。大手音楽メディアのPitchforkなどで早い段階から高評価を受け、Chillwaveというジャンルを一躍有名にしました。クリアなシンセサイザーの音は一般的なChillwaveのイメージからは少し離れ、ノスタルジーよりも、洗練された都会の空気感を帯びています。しかしながら、ボーカルはふわりとエフェクトがかけられ、白昼夢のような儚さと、木漏れ日のような暖かさを持っています。この二つが組み合わされた時、存在しないはずの”アメリカの田舎で繰り広げられるぼくなつ2”が頭の中にイメージとして生まれてくるのです。


Toro Y Moi

 私のChillwaveへの入り口がToro Y Moi(トロ・イ・モア)でした。
Chazwick Bradley Bundickによるソロプロジェクトです。2014年、当時中学生だった私はCSでMTVをチェックするのが日課でした。その中で紹介されていたのが「Empty Nesters」という曲。Toro Y Moiというアーティストは一般的にはChillwaveとしてジャンル分けをされていますが、本人に全くそのつもりは無いようです。実際「Empty Nesters」もすごく可愛らしいギターポップであり、フィルムカメラ風のPVがノスタルジックな雰囲気を持っていますが、楽曲自体にChillwaveらしい要素あまり強く感じられません。もっとシンセサイザーを多用したChillwaveらしいサウンドをやることもあれば、そうじゃないこともある。アルバムごとに全く違う表情を見せてくれる彼の音楽は、Chillwaveというジャンルを超えて幅広い音楽ファンに愛されています。私もToro Y MoiとChillwaveは全く違うタイミングで知り(どちらも中学生の頃でしたが)、その二つが結びつくのには少し時間がかかったのを覚えています。


Neon Indian

 シンガーソングライター、Alan Palomoによるプロジェクトです。彼もまたChillwave黎明期に活動を始め、早い段階からPitchforkで高い評価を得ました。先に述べた二組に比べ、VHS風のミュージックビデオや、ディスコサウンドなど、よりノスタルジックなイメージを積極的に取り入れている印象です。現在のChillwaveシーンは2010年代初頭のものと大きく雰囲気が変わってきたのですが、Neon Indianからの流れが一番大きいようなイメージです。Chillwaveから枝分かれしたVaporwaveが、こういったVHSの雰囲気や誇張されたノスタルジーを継承していますね。


Chillwaveから生まれたサブジャンル

Vaporwave

 2010年代に入り、Chillwaveの持つノスタルジーなイメージを誇張させた音楽が流行の兆しを見せ始めます。Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)というジャンルです。Chillwave以上の流行を見せ、今だに根強いファンがいるジャンルです。このジャンルでは日本のアニメや、80年代のテレビ番組のサンプリングを用いています。シンセサイザーのサウンドもよりチープです。昔のニュース番組の天気予報で流れているような。はたまたショッピングモールで流れているような。そんな誰も気にも留めないようなサウンドをあえて目指すかのような。冗談みたいなジャンルです。

 私自身、Chillwaveを知ったのは先にVaporwaveを知ったからでした。奇妙な日本語のタイトル。おかしなコラ画像のアートワーク。その不条理さ。しかしながら無視できないインパクト。中学生の私にとって、かなり衝撃的だったのを覚えています。この頃はまさか、VaporwaveがChillwave以上に大きな知名度を獲得するとは、全く想像もしていませんでした。


Witch House

 正確にはChillwaveのサブジャンルというわけではなく、同時期に発生し、なおかつChillwaveと影響元を共有するジャンルです。Witch House(ウィッチハウス)と名付けられたこのジャンルは、魔女という単語が示す通り、ウィッチクラフトやシャーマニズムといったオカルト的な要素や、ホラー映画など、暗くて怖いモチーフを多用しています。サウンドもダークで、インダストリアル系のサウンドやノイズを取り入れたものとなっています。


終焉とその後

短期に終わったムーヴメント

 Chillwaveの流行の裏には、金融危機という社会的な背景が強くありました。時代のおかげで流行を生んだジャンルは、時代が変われば簡単にそのムーヴメントが終わってしまう脆さを含んでいました。2009年に生まれたChillwaveは、わずか3年ほどで終焉を迎えます。

 Chillwaveの終わりの時期は諸説ありますが、PitchforkがToro Y Moiのセカンドアルバム、「Underneath the Pine(2011)」に高評価を下した瞬間とも言われています。元々インターネット上で生まれ、冷笑を含んだジョークのような音楽として発展してきたものが、権威を持ってしまったからです。しかしながら、こうして日本の音楽ファンにもマイクロジャンルであるChillwaveが知られるようになったのは、間違いなくPitchforkなどのメディアが取り上げたから。という側面もあります。最初の世代によるムーヴメントは終焉を迎えましたが、より幅広いリスナーを獲得し、新たなムーヴメントを作る下地になりました。

City popリバイバルによる再評価

 その後、Chillwaveの名前を聞くことは少なくなります。元々明確な定義があるわけでは無かったChillwaveは、そこから枝分かれしたVaporwaveなどのサブジャンルにその人気を譲ることとなりました。しかしながら、その存在が完全に消えたわけではありませんでした。2018年ごろから、メインストリームにおける流行として、1980年代のリバイバルが始まりました。「流行は繰り返す」と言いますが、ついに80年代にその順番が回ってきたのです。City pop(シティポップ)と呼ばれたそのジャンルは、松任谷由美竹内まりや大瀧詠一などに代表されるように、洋楽やAOR志向が強い都会的なサウンドの歌謡曲でした。そして、その頃のサウンドをオマージュするようなアーティストも出てきました。そのサウンドの根幹には、純粋な80年代のポップスだけではなく、間違いなくChillwaveやVaporwaveといったカルチャーの影響も含まれていました。


LoFi Hip Hopによる再評価

 City popのリバイバルとほぼ同時期に、LoFi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)も大きな盛り上がりを見せました。Hip Hopと名前についていますが、ラップのスタイルよりもトラックメイクの方に大きな特徴があり、実際にインストゥルメンタルだけの楽曲が非常に多いです。テープで劣化させたような音質、あえてクオンタイズ(打ち込みの際に楽器の音がリズムに対して綺麗に沿うように調整する作業)をせずに、よれたリズムでチープさを演出するといったスタイルの音楽です。要点を抑えれば誰でも簡単に作れること。作業や勉強のBGMに最適なこと。そんな要素を含んでいるため、クリエイター、リスナー両方から支持を集めました。LoFi Hip Hopのイメージキャラクターとも言える「Lofi Girl」はあまりに有名。みなさんも一度は見たことがあるのではないでしょうか。2022年からYoutube上にて、「Lofi Hip Hop Radio」というチャンネルがずっと配信を続けています。そこでは2年以上飲まず喰わずで勉強を続ける、音楽のイメージとは真逆のタフすぎるLofi Girlを見ることができます。

チルな雰囲気とは裏腹に、バケモノじみたタフさを持つ

 LoFi Hip Hopにも、Chillwaveと共通する特徴が見られることがわかると思います。もちろん、Chillwaveを含む全てのジャンルが同時多発的に誕生した経緯もあるため、「まずはChillwave! そこからLoFi Hip Hop!」などと綺麗に順序立てて発展しているわけではありません。様々なマイクロジャンルがインターネット上に存在し、その全てがお互いに影響を与えたり、与えられたりしてるよね〜というくらいに考えていただければと思います。


2024年現在のChillwave

 このようなムーヴメントもあり、Chillwaveは再び、ムーヴメントとは言えないまでも、安定した立ち位置を見つけることができました。現在でもYoutube上では新しい曲が投稿され、クリエイター向けのサウンドパック(作家用の、Chillwaveっぽい楽器、音などを集めたもの)が定期的にいろんなメーカーからリリースされています。

 現在のChillwaveは、初期のそれに対して、より80年代らしさの強さや、サイバーパンク的な要素が強くなっているような印象です。おそらくCity Popを経由したことに起因するものでしょう。上記に述べたいずれのジャンルも全盛期を過ぎ、人気が下火になっています。Chillwaveも同じく、再びマイクロジャンルのひとつとして、一部の音楽マニアに愛される存在となるでしょう。

最後に

 2014年にChillwaveを知った私は、全盛期こそ体験していないものの、日本にChillwaveが入ってきた初期の頃から、終焉までをリアルタイムで観測してきました。インターネットで生まれたジャンルであり、さらには具体的な定義に乏しいものであったため、時代の移り変わりと共に「Chillwave」とされる音楽も、その初期と現在で大きく形を変えることとなりました。Vaporwaveは現在でも根強い人気を誇っているものの、Chillwaveはその具体性の無さも相まり、未だに「知る人ぞ知るジャンルの中でも知る人ぞ知る」ような立ち位置にいると思います。現代のポップミュージックを形作る上で無視できない存在であるのは確かなのですが…

 元々、この記事を書き始めようとしたきっかけです。上記に述べた通り、Chillwaveは非常にサウンドの移り変わりが強く、時代と共に「どんどん自分の知っていた頃のChillwaveではなくなっていく…!」と感じたからでした。しかしながら、執筆のために改めてChillwaveというジャンルを見直した結果、絶対に同じ形では継承されようがないことに気づきました。あまりに儚いコンセプト。具体的なイメージの無さ。その具体性の無さの一因として、そもそものコンセプトが挙げられるのではないかと感じました。今回の記事で述べた通り、Chillwaveは「2000年代後半当時に若者だった人々が生んだ」ことがすごく重要です。最初から80年代をリバイバルすることが目的なのではなく、あくまで彼らが目指したのは「幼少期のノスタルジー」でした。幼少期に80〜90年代を過ごした者だけが共有しているなんとなくのイメージ。それがジャンルの根幹にもなっている”イメージ”です。だからこそ、その時代を生きていない現在の若い世代がChillwaveを作る時、空想上の80年代や、レトロフューチャーを再現するという方向で作ってしまう。Chillwaveはあの時代だから生まれ、あの時代でしか生きられなかったジャンルという印象を受けました。

私が知っている頃のChillwaveのイメージ
現在のChillwaveのイメージ

 私自身、リスナーとしてはほぼリアルタイムで観測したものの、世代としては完全に後追い(1999年生)です。愛するジャンルではあるけれど、その本質を感じられることは永遠に無いのかもしれないなと感じました。当初こそ、この記事を通して「正しいChillwaveの姿を伝えたい」といった思いで書き始めた(大変おこがましい)ものでしたが、記事を執筆しているうちに、その困難さ。さらには「じゃあ自分がこのジャンルに感じている魅力がなんなのか」ということがわからなくなっていくほどに、具体性に欠けた夢のようなジャンルであることを感じました。それはそうとして、やはりChillwaveに衝撃を受け、聴き続けた者として、その歴史がインターネットの洪水の中に溺れてしまう前に、ある程度わかりやすい形でまとめる人がいた方が良いだろうなと思いました。元々Chillwaveのファンだった方、Chillwaveというジャンルをこの記事で初めて知り、ここまで読んでくれた方(そんな人いるか?)の糧に少しでもなれれば幸いです。非常に拙い解説で、ジャンルの魅力が伝わったか自信がありませんが、ここまで読んでいただきありがとうございました!

吉塚千代

 

おすすめChillwaveコレクション

 2014〜2016頃に個人的に聴いていたChillwaveのコレクションの中から、いくつかご紹介できればと思います。各アーティストの解説などは割愛させていただきます。厳密にはChillwaveじゃないアーティストも含まれています…


参考資料


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