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スティーヴ・アルビニ録音の名盤10選

 スティーヴ・アルビニというレコーディングエンジニアをご存知ですか?
日本ではNirvanaの「In Utero」やPixiesの「Surfer Rosa」のレコーディングをはじめ、90年代オルタナティヴロックの重要な名盤を数多く担当したことで有名な、カリフォルニア出身のレコーディングエンジニアです。主にオルタナティヴロックの界隈でトップレベルに著名なエンジニアですが、実際にアルビニのサウンドにはどんな特徴があるのか。どんなアルバムを録っているのか。というのを説明している日本語の記事があまり無いように感じたので、今回はアルビニの"音"にフォーカスをあてつつ、個人的におすすめのアルバムを10枚ご紹介します。(ほぼ自分のためのまとめです)

※2024年5月9日追記

 2024年5月7日に、スティーヴ・アルビニが61歳で死去したと報じられました。5月17日にはShellacの10年ぶりのアルバムがリリースされるというタイミングでの訃報でした。故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

- スティーヴ・アルビニのプロフィール -

 スティーヴ・アルビニ(1962年7月22日生 - 写真中央)

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カリフォルニア出身の音楽プロデューサー・レコーディングエンジニア。現在はシカゴのElectrical Audioというスタジオを拠点に仕事をしており、アナログの一発録りという硬派なスタイルでレコーディングを行う。Big Black、Shellacなどでバンド活動もしており、Shellacは現在でも活動中。

  カリフォルニア生まれで、ラモーンズなどの影響で高校時代からパンクロックを愛聴していました。1979年にバイク事故に遭い、その療養中にベースを始めます。高校卒業後にジャーナリズムを学ぶためにシカゴに移り住みますが、そこでシカゴのパンクシーンに没頭。音楽ビジネスに対する過激なコラムを地元の音楽誌に寄稿したりしつつ、彼は実際にパンクバンドを始めることとなります。

 アルビニのエンジニアとしてのキャリアはここから始まりました。友人からビール1ケースと引き換えに4トラックレコーダーを借り、春休みの一週間を利用して最初のEPをレコーディングしました。その作品をリリースした後、彼は自分のプロジェクトに「Big Black」という名前をつけました。Big Blackは非常に過激でセンシティブなテーマを扱うバンドでした。Big Blackとアルビニの名は、シカゴの音楽シーンから次第に有名になっていきます。

 1990年代初頭にはアルビニは音楽プロデューサーとして、アンダーグラウンドシーンである程度の知名度を獲得していました。そしてその人気を決定づけた作品が、Nirvanaの「In Utero(1993)」です。その頃にはSlintの「Tweez(1989)」や、PJ Harveyの「Ride On Me(1993)」など、現在でも人気のオルタナティヴ・ロックの名盤を手がけています。In Uteroの後、1997年についにアルビニは自前のスタジオである「Electrical Audio」を設立しました。アルビニは音楽ビジネスを若い頃から否定し続け、自身の輝かしいキャリアにも関わらず、バンドから受け取るエンジニア料が非常に安いことで知られています。また、「自分の名前はクレジットされない方がいい」と考えているらしく、実際にクレジットされていないアルバムもあるため、彼が手がけた作品がどれくらいあるのか、網羅するのが少し難しいです。本人いわく「数千枚」とのことです。

 紹介が長くなりました。アルビニが録った全ての作品を聴いているわけではないのですが、個人的におすすめのアルバムを10枚、ご紹介させていただきます。

1. Shellac - Terraform(1998)

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 まずご紹介するのは、アルビニ本人がギタリストとして活動する、Shellacが1998年にリリースした「Terraform」です。Shellacはマスロックやポストパンクと言った要素を強く持つバンドで、何度も同じフレーズを繰り返すミニマルミュージック的なアプローチを取り入れたり、複雑なリズムや構成を多用する、実験的な要素が強いバンドとして知られています。全作アルビニが録っているので当然どれも音が良く、完全に個人的な好みにはなってしまいますが、アルビニサウンドの醍醐味である"立体感のあるサウンド"の効果と、曲の良さが非常に高い次元でマッチしているこのアルバムを選びました。何より、アルビニが自分のスタジオであるElectrical Audioを設立した後に出たアルバムという、記念的作品でもあります。再生した瞬間、そのベースサウンドの太さに感動すること間違いなしです。アメリカのSF芸術家、チェスリー・ボーンステルによるアルバムジャケットも非常に印象的です。

2. Don Caballero - American Don(2000)

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 ペンシルベニア州出身のマスロックバンドです。先ほど紹介したShellacのTerraformと同じく、シカゴのインディーズレーベルであるTouch and Go Recordsからリリースされたアルバムです。American Donはバンドのやりたいサウンドとアルビニの好きなサウンドが完全に合致してできた奇跡のようなアルバムだと思っています。アルビニに録ってもらうために生まれたかのような極太のベースとドラム。レスポールによる芯のあるギターサウンド。それらとアルビニの魔法が融合した結果、立体感を超え、もはやバンドが目の前でフロアライブをやってるかのようなサウンドとなっています。3ピースみたいに楽器の数が少ないバンドだとよりアルビニサウンドが効果的に発揮されるような気がしますね。

3. The Amps - Pacer(1995)

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 The AmpsはPixies、The Breedersなどで活動していたキム・ディールのバンドです。バンドというよりも、当時、キムの姉でブリーダーズのメンバーであるケリーの薬物問題により、ブリーダーズが活動を休止したので、その間にキムがソロプロジェクトとして活動していたものです。そのため、アルバムもこの一枚のみとなっています。ピクシーズの「Surfer Rosa」やブリーダーズの「Pod」などもアルビニが手がけているのですが、こちらの作品はより、楽器の音質やバランスが気持ち良く整っている印象です。派手なロックサウンドではありませんが、キムの多様な音楽的ルーツが散りばめられていて楽しいアルバムです。

4. Jimmy Page and Robert Plant - Walking into Clarksdale(1998)

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 アルビニが手がけたのはオルタナティヴ・ロックだけではありませんでした。なんとLed Zeppelinのジミーペイジとロバートプラントのアルバムも手がけています。ツェッペリンの二人は、ストリングスなどで豪華に装飾されたロックから、4ピースバンド編成によるできるだけシンプルなロックに回帰しようというコンセプトを目指しました。アルビニが普段やってることと合致しているので、彼が起用されたことにも納得がいきます。ただ、スタジオはアルビニのスタジオではなく、アビーロードスタジオが使用されました。アルビニの仕事もミキシングのみとなっています。ツェッペリンの二人によるアルバムということもあり、シンプルながらも非常に高い演奏力で、聴き応え抜群の一枚です。アルビニらしい、楽器の音をメインにした荒々しいサウンドではなく、ポップスに近い綺麗なバランスのミックスがされています。

5. Neutrino - Motion Picture Soundtrack(1999)

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 ちょっとマイナーめの作品を。Neutrinoという3ピースのポストロックバンドによるアルバムです。1997年から1999年までという非常に短い期間だけ活動していたようで、確認できるアルバムもこの一枚だけです。おそらくマスタリングエンジニアとしても活動している、カール・サフのバンドだと思います。Don Caballeroの項目で、3ピースバンドだとアルビニの魅力が発揮されるというお話をしました。こちらのアルバムでも傾向が似ていて、アルビニの仕事がいい方向に作用してるなと思います。立体感のあるリズムセクションと、ギターの粘り強さのある鳴り。アメフトみたいな洗練されたポストロックというよりも、よりハードコアパンクに近い、勢いが良いサウンドです。おすすめです。

6. 54-71 - enClorox(2002)

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 日本のバンドです。向井秀徳と一緒に曲を作ったりしていたことから、今でも日本のオルタナ好きには結構有名だったりしますね。2008年にリリースされた「I'm not fine,thank you.And you?」はアルビニ録音として有名ですが、実はメジャーデビュー作品となるこちらもアルビニのスタジオであるElectrical Audioで録られています。54-71のタイトなサウンドは、結構Shellacと近いかもしれません。極太かつ安定したリズム隊に、ギラギラすぎるくらいの尖ったギター。ライブじゃないのに異常な緊張感を生み出しています。

7. Asylums -  Genetic Cabaret(2020)

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 最近の作品もご紹介。エセックス出身のパワーポップバンド。Asylumsのアルバムです。アルビニが録るとみんな良い意味で90年代的な空気を帯びますが、それをぶち破るくらい若さに溢れたパワーポップです。ソングライティング能力もかなり高いですが、各楽器のサウンドのチョイスも本当に絶妙です。ボーカル含めたすべてのサウンドが、一切無駄なく完璧なバンドサウンドを構築しています。軽めのスネアが生み出す爽やかな疾走感がたまらないですね。

8. Sunn O))) - Life Metal(2019)

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 シアトルのドゥームメタルバンド、Sunn O)))の作品です。ダークアンビエント的で、1時間近く延々と低いサウンドのギターが鳴るだけです。初期の作品はもっと尖ってたっぽいですね。ギターの音がずっと鳴っているので、必然的にそのギターのサウンドに注目することになります。これが本当に素晴らしい。低〜中音域がくっきりと出ていますが、ローを強くした時にありがちなブーミーな感じはなく、非常に綺麗にまとまっています。音が良すぎて1時間聴いても全然苦痛じゃなかったです。ちなみにこの特徴的なバンド名ですが、かつて存在していたアンプメーカー、Sunnにちなんだものとなっています。Sunnのロゴを見ると、確かに「Sunn O)))」って書いてあるように見えます。バンドのロゴも、Sunnのロゴをそのまま使っているみたいですし、実際にSunnのアンプを使用しているみたいですね。

9.Nina Nastasia – On Leaving(2006)

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 フォークシンガーのニーナ・ナスタシアが2006年にリリースした作品です。素朴なサウンドのアコースティック楽器と透明感のあるボーカル。緻密で繊細なアレンジと相まって、非常に切なく美しいアルバムとなっています。アルビニらしくパーカッションや低音の楽器を前に出したサウンドですが、ニーナの声がすごく抜けが良いため、全く楽器に負けることなく調和しています。この次にドラマーのジム・ホワイトとコラボして制作した「You Follow Me」というアルバムでは、ドラマーとコラボしたのもあってか、相当ドラムが大きくミックスされています。ちょっと聞きにくいです。しばらく公の場に姿を表さなかったニーナ・ナスタシアですが、なんと7月22日に新アルバムをリリースして復活するそうです。もちろん新作もアルビニによるレコーディングとのことです!

10. Scout Niblett - Kidnapped by Neptune(2005)

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 ニーナ・ナスタシアと同じく、女性ソロシンガーによる近い年代の作品です。ただ、方向性は全く違います。2010年代のインディーロックに通じるローファイさがありますが、しっかり聴くとやはり録り音が非常によく、特にドラムなんかはアルビニらしい録り音だなって感じがします。不穏な空気感を持つジャケットや「Kidnapped by Neptune(海王星に誘拐された)」というタイトル通り、アルバムを通して田舎の陰鬱とした空気を彷彿とさせるサウンドです。ギターの音も80年代のハードコア的な荒々しさを持ちます。そして、スカウト・ニブレットの幼さのある声が不穏さをブーストさせながらも、同時に安心感をもたらしています。不思議なアルバム。なんとなくWolf Aliceと似た印象を受けました。

まとめ

 この記事を書くにあたって、改めてアルビニの「音」に注目していろいろ音楽を聴いてみました。アルビニは本当に、そのバンドの音作りを尊重しながら作業をしている感じがします。つまり、音作りが下手なバンドはそれも誤魔化さずしっかり録音物として残してくれている感じです。ただ、音作りとアルビニが上手くマッチしたときに、世界的名盤が生まれるといった感じ... どんなバンドでも格安で仕事を引き受けてくれるので、もしもこの記事を読んでみてアルビニに興味を持ったバンドマンの方がいれば、アルビニに連絡をとってみるのも手かもしれません。ちなみに、私も音楽活動をしつつ、自分の作品を自分でエンジニアリングしています。いつかアルビニサウンドを紐解くため、実際にシカゴまで赴き、実際にアルビニに録ってもらいたいと思っています。その際は作業風景をまとめた”後編”の記事も書こうと思うので、よろしくお願いします。(10年後くらいにできたらいいな)

吉塚千代

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