ひぐらしで描かれた病気の表現がすごすぎた

※ひぐらし業のネタバレ含まれるので未視聴の方は注意



今さらだけどひぐらし業の感想。

ちなみに業からハマった人間なのでそれ以前のシリーズは未視聴、Wikiの知識のみです。感想なので考察的な内容は一切なし。

ひぐらしのなく頃にという作品の名前や内容は耳にしたことがあった私だが、学生時代の私は今ほどグロ耐性がなかったので話題になっても関わらないようにしてきた、というのが今までの印象だった。そんな世間で人気なんだという薄い印象のアニメが新しく放送されると知り、当時の私はなんとなく、うっすらとした期待を持って録画することにした。触りだけ観て面白かったら次も観よう、程度の気持ちで。

結果、めちゃくちゃ面白かった。

読めない展開や数々の伏線、目を覆いたくなりつつ惹き付ける惨劇の描写にまんまとのめりこんだ。

ただ、昔ほどではないにしろ急な惨劇の展開に恐怖はあったので、録画を観る前にツイッターで皆のネタバレ感想を見てから挑むという防衛は必要だったし、ネットで考察を網羅してもわからない部分は多かったので中々に大変な視聴だった。それでも毎話が楽しく印象的な時間だった。

とりわけ作中で気に入った人物が沙都子だ。

今回のシリーズの後半では彼女が鍵となり立ち回るシーンが多くなった。惨劇の黒幕として梨花を追い詰めていく流れは小さな少女とは思えない恐ろしさがあり、雛見沢を出て新たな環境で精神的に磨り減っていく様子も現実味があり痛々しさが十分に伝わってきた。その上で、視聴者が共感、同情できない「なぜ?」を多く生んだのも彼女だろう。

なぜそこまで梨花に執着するのか。なぜ嫌だと思いながらルチーア学園の生活を選んだのか。なぜ診療所にいる兄より梨花を選んだのか。

実際、SNSで感想を読んでいると、彼女に関するなぜや批判的な意見もよく目についた。前のシリーズでは兄の智史が絡んだ話もあったので、兄そっちのけで親友だからと梨花に固執する必要はない。実際、沙都子の梨花に対する感情や雛見沢に対する価値観は次第におかしくなっていた。病的なまでに。

そう、病気なのだと思った。

それは沙都子が雛見沢症候群に感染罹患しているからということではなく、あまりに一点に固執した考えや感情が、現実に存在する精神病と同じなのだと思った。

昨年、私は精神病までといかなかったがメンタルをおかしくしたことがある。振り返ると、当時の精神は異常だったと今でも覚えている。自分な何をしてもだめなんだ、何もできないんだ、何もできないならここにいる意味があるのか、生きている意味があるのかと毎日悩んでいた。今考えれば馬鹿馬鹿しいと思えることが、その当時取り返しのつかないことをしてしまったと絶望し苦しめていた。

さて、沙都子はどうだろう。ようやく平和が訪れ、自分を苦しめる存在もいなくなった場所で大好きな梨花たちと楽しい日々を過ごせると思ったら、上級生の魅音は分校を去り、梨花は雛見沢を離れたいと話す。一気に環境が変わる、これだけでも大きなストレスだ。さらに梨花は沙都子と一緒にルチーア学園に通いたいと言い出す。この時点で断れたかもしれないが、それを断れなかった。人間関係の変化と場所の変化、どちらがましかの問題だ。そして入学先では考えや習慣の違う人たちにカルチャーショックを覚える。これだけ揃えばいよいよ精神的に狂って当然だろう。そんな環境では梨花にすがりたくなるのも当然だ。対する梨花は悪意はないものの、沙都子が伸ばした手を払いのけてしまう。ここまでいけば好意は愛憎まみれたものになれ果て重い執着に変わる。

雛見沢症候群という疑心暗鬼を起こす病気を持っているとはいえ、沙都子が梨花に異常に執着するのは精神病と似ている、というのが視聴を終えた感想だ。沙都子にとってはそれしか考えられないのだからまわりに何を言われようが気にすることもできない。正常な精神の人には理解されないし理解できない、あまりに上手すぎる病気の描き方だと思った。沙都子に限った話ではないが、病気というテーマだけに、病気の恐ろしさがよく引き出せていると思う。

心が、体が異常だから理解できない。理解できないから怖い。過激な描写以外にも、病気の得たいのしれなさが恐怖を生み出すのだろう。

続編まであと少し。沙都子が、梨花が、すべての人たちが、心も体も幸せになることを期待しよう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?