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【短編小説】前人未到の頭脳

私の立場は今危ぶまれている。
人類の科学の進化の果てに。

....

35年前私は二卵性双生児の弟として
生を受けた。
両親は二人とも40を超えた 
高齢出産だった。

双子の片割れである兄は
生まれながらにして
脳性麻痺という重度の障害を負い
寝たきりの生活を余儀なくされた。

1歳半の頃に気道を切開して
言葉も発することが出来なくなった。

だが私は幼い頃からどことなく
この重度の障害を背負った兄の
人智を超えた力を
予感していた。

それが確信と変わったのは
小学校2年の時だった。

私は当時から
運動もスポーツもそつなくこなしていたため
その学年を仕切るガキ大将から
妬まれていた。

そしてその取り巻きたちに
村八分にされていた。

私はその悔しかった出来事を
言葉の発することのできない兄に
愚痴っていたという。
あまり覚えてはいないが。

ただ兄はそれらを全て聞いた上で
憎きガキ大将の性格分析や
弱点などの戦略を練っていたのであろう。

ある時兄が夢に出てきた。
麻痺のない健常な姿で。

そして言った。
「あいつの弱点を教えてやろう。 
 これさえ掴めばあいつも
 お前に対してやっかむことはなくなり
 一目置くだろう。」

目覚めた私が
夢の兄の指示通りに行動して
学年で一目置かれる存在になったことは
言うまでもなかった。

その後度々
兄は夢の中で私に助言をしていた。

私もそれを期待して
返答のない兄に
本気で悩みを相談するようになり
両親は呆れ果てていた。

私が体験したことは
両親は信じなかった。

昔気質で頭の硬い両親だった。

私は行く先々の困難を
兄の助言でクリアしていき
30という若さで大学の助教授にまで
上り詰めた。

ここまできた私は
変なプライドが邪魔して
助言をくれた兄の存在を
隠すようになった。

ある時から
気道切開などで言葉を失った
重度障害の人間でも
コミュニケーションが取れるツールが
出来ていたことは知っていた。

ただ私はそれを使うことは
させなかった。

両親は新しいテクノロジーに無頓着だし
ある年齢からは
私の言うことだけを
盲信するようになったからだ。

兄の天才的な頭脳から生み出される
様々な画期的な論文により
私は「若き天才」と周りに呼ばれていた。

もちろんそれは私の基礎的な
知能の高さも伴ってのものだったが。
(兄の力を借りずとも
知能指数が120あったことがわかった)

私は順風満帆だった。

あの時までは。

ある税制により
私の人生は覆ることになる。

それは「ウィズダムシェア控除」という
数年前から取り入れられた税制で

才能や知識のある人間に対して
「ウィズダム(知恵)」という
脳のリソースを提供すれば
累進課税の上限を引き下げるという
「控除」が行われるという
システムだった。

要は脳内の一部にマイクロチップを
埋め込めば
税金を多く払わなくても良いという
ものであった。

取り入れられた当初は
反対する者も多かったのだが
時代の移り変わりというものは
恐ろしいものだ。

普及した今となっては
富裕層が控除のために
マイクロチップを埋め込むことは
普通になり

そうではないものが
異端と見られる風潮になってしまった。

またしても私は
小学校2年の時と同じ窮地に
立たされた。

だがこれだけは兄に相談できなかった。

マイクロチップを入れることで
私の論文の全てが兄からの入れ知恵で
あったことがバレるのを恐れたからだ。

ただある時同調圧力に負けた私は
とうとうこのことを兄に相談してしまったのだ。

兄はそのような税制が
世間に存在していたことを知っていた。
いや、想定していたのであろう。

ただ隠していた私を責めることなく
「テクノロジーの流れには
逆らうことが出来ない」と
兄に説得される形で
マイクロチップを入れることにした。

あまりにも巧みな言い回しで
私はその時は心から納得したのだった。
兄の言葉は私の不安を
上手に払拭してくれた。

だが結局一番恐れていたことが
起こってしまった。

私が今までひた隠しにしていた
脳性麻痺で寝たきりの天才の存在が
世間にバレてしまった。

今までの評判が地に落ちる私
それと反比例されるように
一気に注目の集まる兄

その知能指数は前人未到の
330との判定だった。

世界中で注目を浴びることになる兄に
「これだけの知能指数を持つ才能を
 枯らしてはいけない」
と脳性麻痺そのものを
治そうとする動きが起こった。

だが兄はそれを拒否した。

兄は語る。 
様々な真実が見えてくる。

...

今ではある一定の知識人であれば
アクセスできる仮想空間の中に
実は昔から兄は存在していた。

その仮想空間の中でさらに選ばれた
120以上の知能指数を持つ空間で
兄は神とも呼べる存在として
君臨していた。

兄とアクセスしていたのは
私だけでなかったことが
判明した。

世界中の「ブレイン」と呼ばれる
天才たちは兄と繋がっていた。

言葉を発せない高度障害の人間に
コミュニケーションを取れる技術を
開発したのも
実は兄から助言を受けた研究者だった。

だが兄は自分に話しかけてくれる弟(私)を選んで
積極的に助言してくれていたのだ。

なのに私は外界と
コミュニケーションするための技術を
隠した。

両親はその技術を知るスキルすらなかった。

だから兄は開発したのだった。
「ウィズダムシェア控除」という仕組みを。

この20年のこの世界の
圧倒的なテクノロジーの進化は
ほとんどすべて兄が関わっていた。

兄は物理的には不自由であっても
仮想空間の中でクリエイティブを
楽しんでいたのであった。

だがその前人未到の頭脳は
障害とのトレードオフということも
兄は知っていた。

健常者の普段使っている脳のリソースが
すべてオフになっているからこそ
自分の頭脳というのはブーストが
かかっているということを。

だから麻痺を治すことも
出来るけれども
そうなると兄の頭脳は
人並みになり
様々な人間に助言を出すことは
出来ないと。

兄は拒否しつつも
少しは期待していたのだと思う。

「それでもいい」と誰かが
言ってくれることを。

ただ誰もそれを望まないだろう
ということもわかっていた。

結果最大公約数的な幸せを考えた時に
兄の麻痺を治すための治療は
行われなかった。

やがて介護する両親とともに
衰弱していった兄は
生物学的な死を迎え
「前人未到の頭脳を持つ神」として
脳のチップだけが保管された。

私は最後まで兄に対して
「それでもいいので健常な体を」
と言ってやることが出来なかった。

「神」となった兄と
私は今後も半永久的に仮想空間で
繋がることが出来るようになったはずだが

私はまだその空間に
しばらくアクセスは出来ないでいる。





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